特許実務-進歩性について考える(その6)1個を2個にすることは容易か?
はじめに
「進歩性について考える」の第3回、第4回(下記記事)では、進歩性判断の事例として、主引用発明(スラスタ2個の移動体)のみに基づいて、スラスタを(2個から)3個にすることは容易か、という事例について検討しました。
masakazu-kobayashi.hatenablog.com
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今回は、移動体において、スラスタを1個から2個にすることは容易か、という下記事例について検討してみたいと思います。
<事例>
「スラスタを1個有する移動体」(主引用発明)に基づいて、
「スラスタを2個有する移動体」(本件発明)の進歩性を否定できるか?
つまり、スラスタを1個から2個にすることは容易か?
なお、実は、最初は、今回の1個から2個にすることは容易か、の事例検討から始めようとしていました。
しかし、いざ検討を始めてみると、「単」から「複」にするというのは、「複」から「複」にすること(たとえば、2個から3個にすること)に比べて、一般的には進歩性を否定しにくいと気が付きました。
ですので、まずは、進歩性が否定されやすいスラスタを2個から3個にすることは容易かという事例(上記第3回、第4回)から始めた次第です。
そして今回は、前回までの議論を踏まえて、いよいよスラスタ1個から2個にすることは容易かという事例を検討したいと思います。
「単→複」は「複→複」よりも進歩性レベルが高い?
「複→複」(たとえば、2→3)の場合は、そもそも「単→複」(1→2)にする技術思想(≒発想)がある前提で、これを更に増やす(2→3)というものでしたので、進歩性を否定しやすそうな気がします。比喩的に言えば、慣性力に任せれば、「1→2→3」と自然に発明にたどり着けそうな感じがします。別の比喩で言えば、すでに増やす方向のベクトルが存在しています。
実際には、第3回、第4回で見たように、引用発明に余計なことが書いてある(いわば、慣性力が妨げられる)と、その引用発明からは、容易に想到できないと判断されてしまう事例を検討しました。
一方で、「単→複」(1→2)の場合は、そもそも従来技術(主引用発明)に単から複にするという技術思想が見られない場合には、「スラスタを増やす」という技術思想(≒発想)自体がないので、この点をもって、進歩性が認められやすいように思われます。
もちろん、実際の審査実務では、スラスタが1つしかない主引用発明に基づいて、
「1つのスラスタを、必要に応じて、2つのスラスタにすることは容易である。」
と、証拠(引用文献)を挙げることなく、意図も簡単に、最初の拒絶理由通知を打たれる場合があるかもしれません。
しかし、そもそも、「単→複」の発想(技術思想)が引用発明に無いことに加え、「単→複」とした場合の予想以上の効果がある場合も多いです。
たとえば、従来は画面が1画面だったスマホを2画面にした場合、2画面のスマホは、1画面のスマホ2つ(併せて2画面)に比べて、機能や利便性が格段に上がるかもしれません。
また、従来は1つの鍵だけであったものを、2つの鍵を設けた場合、セキュリティのレベルを2倍以上に高めることができるかもしれません。開錠に2倍の時間がかかるということは、セキュリティの観点からは2倍以上の効果がありそうです。
審査官の拒絶理由に対する対応
先ほど、審査官は、最初の拒絶理由通知で、主引用発明(1つのスラスタ)に基づいて、「1つのスラスタを必要に応じて、2つにすることは容易である。」と判断する可能性があることを書きました。
これに対する対応としては、前述したように、
① そもそも、「単→複」にするという発想(引用文献中の示唆)がない、
② 「複」にすることによる(2倍以上の)効果があるという具体的な説明、
を意見書で主張することが考えられまずが、クレームを補正せずに、意見書だけだと(次回、いきなり拒絶査定されてしまう可能性があるので、)ちょっと怖いですね。
そこで、クレームを補正する場合には、複数のスラスタの構成に、一味加える、ということが考えられます。
たとえば、構成として、
①2つのスラスタの配置関係を限定する、
②2つのスラスタの機能的一体性(切替や連携)を特定する、
などが考えられます。
もちろん、クレームの限定は、最小限にとどめる必要がある(=様々な他社製品を捕捉したい)ので、なるべく「広いクレーム」を心がける必要がありますね。
過去の下記記事で書きました。
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このような一味加えたクレームの補正をすると、もはや単にスラスタの数の問題だけではなくなってしまいますし、配置関係や機能的一体性は、1つのクラスタしか有していない主引用発明からは導き出すことがほぼ不可能になりますので、特許査定がなされる可能性が多そうです。
この点は弁理士の腕の見せ所ですね。具体的な事例では、進歩性を認めさせるための様々な一味があるかもしれません。
本件発明の課題を考慮すると・・・
さて、「進歩性について考える」の第2回、第5回で、進歩性判断における本件発明の課題の位置づけについて説明しました。
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本事例でも検討の考慮要素に加えて考えてみます。
進歩性を肯定する考え方
(スラスタ2個の)本件発明の課題が「推進力の向上」である場合、 主引用発明はスラスタが1個なので、主引用発明には「推進力の向上」の課題がない場合が多いと思われます。
そうすると、課題が異なるということで、この点をもって特許査定されるでしょうか?
本件発明の課題を重視する方向での1つの考え方ではあります。
この件で、裁判所が進歩性を認めるかどうかは別として、裁判所の最近の裁判例の傾向としても、進歩性の判断において本件発明の課題を重視しています。
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進歩性を否定する考え方
しかし、主引用発明に「推進力の向上」の課題が記載されておらず、その示唆がないとしても、たとえば、移動体の分野において、他の様々な文献等(証拠)から、「推進力の向上」を図ることは、当業者にとって共通の一般的技術課題であると主張・立証することができるかもしれません。
その場合には、進歩性否定の判断の理屈としては、たとえば、
「 主引用発明(スラスタ1個の移動体)において、移動体の技術分野における一般的技術課題である推進力の向上を図るべく、(1つのスラスタの推進力を増やすのではなく、)スラスタ自体の個数を増やすことは、格別の技術的制約や阻害要因が認められない以上、適宜なし得た設計的事項である。
したがって、本件発明(スラスタ2個の移動体)は、主引用発明(スラスタ1個の移動体)に基づいて、当業者が容易に想到し得たものである。」
という論理で、進歩性を否定できるかもしれません。
言い換えると、引用文献に「推進力の向上」を図ることが明記ないし示唆されていない場合であっても、
「この分野の技術者だったら、みんな当然に考える一般的な課題だよねぇ~。」
と認定した上で(法律的に言えば、いわば、黙示の課題を認定するという感じでしょうか。)、その一般的な課題を解決すべく、採り得る手段としては、①1個のスラスタの推進力を挙げるか、②(それに限度があるのであれば)スラスタの個数自体を増やすか、が通常思いつき、そのうち、後者である②をとることに、新たな創作性は見いだせない、という感じの論理展開でしょうか。
進歩性を肯定する考え方と否定する考え方を挙げてみましたが、少なくとも、審査官の発想としては、私の経験上、後者の論理で、進歩性を否定する拒絶理由通知を打つことが多いように思います。(その上で、拒絶査定まで行くかは微妙ですが・・・。)
拒絶査定を無難に回避するためには、先に説明した意見(+クレームの補正)という対応が良いのではないかと思われます。
最後に
今回は、移動体において、スラスタ1個を2個することは容易か、について検討しました。
次回は、2つの引用発明に基づいて、スラスタ1個を2個にすることは容易か、について検討したいと思います。