はじめに
最近、「進歩性について考える」を始めました。
進歩性の総論と進歩性における本件発明の課題の位置づけについて、下記の2つの記事を書きました。
masakazu-kobayashi.hatenablog.com
masakazu-kobayashi.hatenablog.com
今回は、簡単な事例で、進歩性について考えてみたいと思います。
進歩性の判断枠組みは、以下の図のようなものでしたね。
事例
(事例)
「スラスタを2個有する移動体」を開示する引用文献に基づいて、「スラスタを3個有する移動体」の発明(本件発明)の進歩性を否定できるか?
つまり、スラスタを2個から3個にすることは、当業者が容易になし得たものか?
進歩性の検討を簡略化するため、副引例はなく、当該引用文献のみに基づいて、スラスタを2個から3個にすることが、容易に想到し得たかを検討します。
先に示したチャートで言えば、「【相違点の検討】相違点にかかる構成が証拠に示されているか」で「no」に進んだ右側のフローです(相違点は、スラスタの個数)。
(進歩性が認められない単なる)設計事項にあたるか? 具体的に言えば、「②数値範囲の最適化又は好適化」あるいは「④技術の具体的適用に伴う設計変更」にあたるか否かでしょうか(設計事項というのは、フローチャートに列挙された場合だけに限られません。)。また、フローチャートにはありませんが、「予想以上の効果があるか否か」も考慮要素としてよいように思います。
しかし、事例の事実関係だけでは、一概には、答えは出なさそうです。
そこで、以下の引用文献の開示内容を付加して、検討します。
進歩性が否定されやすいと思われる事例
(1)引用文献の開示内容
①「スラスタを2個有する移動体」が開示されている(スラスタ1個は従来技術)。
②「スラスタを増やすことで、より大きな推進力を得られる」旨の記載がある。
→引用発明の認定:(より大きな推進力を得るべく)スラスタを2個にした移動体。
(2)判断(進歩性の否定)
引用文献において、②の示唆から、つまり、より大きな推進力を得るべく、2個のスラスタを3個に増やすことは、容易に想到し得たものである。
(3)論理
引用発明(スラスタ2個を有する移動体)からは、その従来技術である1個のスラスタを2個に増やすという技術思想を見出すことができます。
そうすると、スラスタを増やすという技術思想の方向性をさらに推し進めて(=「1→2」へ向かうベクトルを、同じ方向に伸ばして)、スラスタを3個に増やすこと(=「2→3」)は、必要な推進力を得るべく、当業者が適宜なし得た設計事項である(最適化、あるいは、具体的適用に伴う設計変更)ということになりそうです。
そして、推進力は多分予想通り(「2→3」で1.5倍)になるでしょうから、予想以上の効果もなさそうです。
進歩性が肯定されやすいと思われる事例(その1)
(1)引用文献の開示内容
①「スラスタを2個有する移動体」が開示されている(スラスタ1個は従来技術)
②「スラスタを増やすことで、より大きな推進力を得られる」旨の記載がある。
③一方、「スラスタ2個に増やすことで、移動体の重量バランスの問題が生じてしまうが、本件発明は、移動体全体のバランスを工夫することで、スラスタ2個の移動体を実現した」旨の記載があり、発明の詳細な説明に、スラスタが2個の場合の移動体の重量バランスの工夫について具体的な説明がある。
(2)判断
①、②の記載だけであれば、先の例と同様、スラスタを増やす方向での示唆があると言えそうです。
しかし、更に、③の記載をも踏まえると、別途の考慮が必要となりそうです。
A 進歩性を否定する考え方
一つの考え方としては、引用発明(スラスタ2個を有する移動体)において、(引用発明が示唆する)スラスタを増やすことに伴う移動体の重量バランスは適宜工夫することができるから、スラスタを3個にする(=もう1つ増やす)ことは、容易に想到し得たものである。
引用発明の開示内容を、抽象的に捉えるならば、このような判断もできそうです。
スラスタを増やすことによる重量バランスの問題(課題)とその工夫(課題解決原理)については、 クレームに必ずしも表現されてしませんしね。
B 進歩性を肯定する考え方
しかし、別の考え方として、(引用発明が開示する)スラスタを1個から2個に増やす際の重量バランスの工夫は、(スラスタの個数に応じた)個別具体的なものであるはずのところ、スラスタを更に3個に増やそうとすれば、その制約が更に大きくなるなどの理由により、(引用発明には開示されていない)新たな別途の重量バランスの工夫が必要となりそうです。
そうだとすれば、(新たな別個の重量バランスが必要となる)スラスタを2個から3個に増やす点については、当業者が容易に想到し得たとは言えないかもしれません。
このように考えると、進歩性は肯定されそうです。
なお、本件発明において、スラスタが3個であるにも関わらず、引用発明のように重量バランスが一切考慮されていない(説明されていない)点は少々気になってしまうかもしれません。しかし、重量バランスを工夫することが必須とされている引用発明を持ち出して、「本願発明は重量バランスを考慮していないから発明として未完成だ」とか「実施可能要件を具備しない」といった主張は、本件発明の明細書の記載だけを見て、重量バランスについておよそ現実的ではない場合を除いて、あまり主張として強くはありません。ケチをつけるという意味では一応可能かもしれませんが・・・。本件発明と引用発明とは前提において異なるかもしれませんし。
進歩性が肯定されやすいと思われる事例(その2)
(1)引用文献の開示内容
①「スラスタを2個有する移動体」が開示されている(スラスタ1個は従来技術)。
②「スラスタを増やすことで、より大きな推進力を得られる」旨の記載がある。
③「しかし、移動体の重量を考えるとスラスタは1個が望ましい。しかし、移動体の推進方向を安定的にする(=まっすぐ進ませる)ためには、小さい補助スラスタを設けることで、重量の増加を最小限に抑えつつ、移動体の推進方向の安定性の向上を図った」旨の記載もある。
(2)判断(進歩性肯定)
①、②の記載だけであれば、先の「進歩性が否定されやすいと思われる例」と同様、スラスタを増やす方向での示唆があると言えそうです。
しかし、③の記載をも考慮すると、「スラスタは本来的には1個が望ましい」とされている以上、引用発明では、(別の課題を解決すべく)更に1個増やしてはいるとしても、これ以上スラスタの数を増やすことまでは示唆していない、むしろ、増やすことについて阻害要因がある、と言えそうです。
引用発明は、スラスタ増加による移動体全体の重量の増加を抑えるとともに、移動体の推進方向の安定性の向上を図ることの調和(バランス)の観点から、(小さい補助)スラスタを1個だけ増やして2個とし、移動体の(重量や推進方向安定性を含めた)全体性能の最適化を図ったものであり、引用発明自体が、ある意味で、完成した(=閉じた)発明であって、この調和(最適化)を崩すことは許されないものとも考えられます(ある意味、使いにくい引用発明と言えます)。
したがって、引用発明は、スラスタが2個の移動体が開示されているものの、これを出発点として、更にスラスタをもう1個増やすことは、阻害要因があり、容易ではないと判断するのが妥当と思われます。
最後に
簡単な事例でも色々と考え、ちょっと書くのに疲れたので、ここでとりあえず終わることにして、続きはまた次回以降にします。
実のところ、今回の検討では、本件発明の明細書を考慮していません。具体的には、本件発明の課題と引用発明の課題の共通性の有無は見ていません。
しかし、前回の記事で説明したように、近時の裁判例をみるに、本件発明の課題をも考慮して考える必要がありそうですので、次回は、本件発明の課題を考慮してみたいと思います。