はじめに
前回は、(スラスタ1個を有する移動体である)1つの引用発明のみに基づいて、(スラスタ2個を有する移動体である)本件発明を容易に想到し得るか、について検討しました。
masakazu-kobayashi.hatenablog.com
今回は、(それぞれ、スラスタ1個を有する移動体である)2つの引用発明から、(スラスタ2個を有する移動体である)本件発明を容易に想到し得るか、について説明したいと思います。
事例
特許庁のホームページは、知財に関する情報の宝庫で、いつも感心させられます。
同ホームページには、知的財産権入門テキストというのがアップされており、その中の特許制度の概要の18頁に以下のような事例があります。
要するに、(左上図の)船外機(だけ)を有する船と、(左下図の)空中プロペラ(だけ)を有する船に基づいて、船外機と空中プロペラの両方を有する船とすることは、容易に想到し得たと判断される可能性がある、ということのようです。
検討
上記事例の説明中にある「単に寄せ集めたにすぎない」という理屈は、審査基準(進歩性)にある下図で、進歩性を否定する方向に働く要素のうち、「先行技術の単なる寄せ集め」として挙げられているものを意識していると思われます。
「単なる寄せ集め」というのは、イメージとしては、互いに関連しない独立した構成(本問では、船外機と空中プロペラ)であれば、通常は何の支障もなく組み合わせられるから、進歩性がない組合わせの類型という意味において、「寄せ集め」という表現を使っているイメージです。
もっとも、特許庁の本事例の説明でも、「進歩性がないと判断される可能性がある」とされているように、本事例で必ず進歩性が否定されるわけではないと思われます。
進歩性を否定する方向の要素が多い(少なくとも、技術分野が共通&単なる寄せ集め)ので、進歩性は否定され得るだろうという一応の判断だと思われます。
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さて、前回の上記記事で述べたように、スラスタに限らず、あるものを1個から2個に増やすというのは、これまで複数のスラスタを設けるという発想(技術思想)がなかった場合には、まずは、進歩性がある、と考えられるのではないかと個人的には思っています。
たとえば、2画面携帯などは、利便性が大分向上しますよね。
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本事例でも、「船外機」と「空中プロペラ」を、その違いを捨象して、スラスタだと考えると、各引用発明には、スラスタを複数にするという発想がないので、進歩性が認められてもよさそうです。
しかし、本事例の場合は、少し特殊で、各引用発明の「船外機」と「空中プロペラ」は、(両方スラスタであるとしても、)それぞれ船の「別の位置」に設けられたものであり、これらを(技術分野の共通性、機能・作用の共通性等の動機付けで)組み合わせて、結果的に、(別々の場所にあるが)2つのスラスタを有する船ができてしまいます。
したがって、従来、単数であったものを複数にするという技術思想(発想)がなかったとしても、別々の位置ある場合には、それらを組み合わせて、結果的に、(別々の位置にある)複数にすることが容易想到になってしまうのです。
進歩性が認められるためには・・・
これに対して、特許査定をめざす(進歩性を肯定する方向の)主張として、一応考えられるのが、
① 「船外機」と「空中プロペラ」の両方を設けた本件発明は、おそらく推進力の増大が課題ですので、「船外機」、「空中プロペラ」のみの各発明には、そのような課題がない、つまり、本件発明と各引用発明の課題が異なること、
② 「船外機」と「空中プロペラ」の各引用発明の課題が異なる場合には、その点、
③ 「船外機」と「空中プロペラ」の各引用発明のそれぞれに、別のスラスタを追加的に設けることについて示唆がない点(もしあれば、その引用発明単独で、新規性・進歩性なしですね。)
④ 阻害要因があること(互いに、もう1つのスラスタを設けることにつき、何らかの支障がある構造をしている等)
が挙げられますが、決定的に組み合わせられない事情は少ないように思われます。
また、
⑤ 有利な効果があること(一つが壊れても、もう一つで推進できる等)、
も主張できますが、予想され得る範囲の効果であるとして、なお、進歩性は否定される可能性があります。
あるいは、予想できない効果が明細書に記載されており、それを引用して主張しても、「その効果は、必ずしも構成に反映されていない」などという理由で、なお、進歩性が否定されるおそれがあります。
私の経験上、少なくとも進歩性の判断者のうち、(機械系の)特許庁審査官は、個数の問題とよりも、
「これは『単ある寄せ集め』だな」 → 「進歩性なし」
という心証を持つ可能性が高いように思われます。
そこで、これを「単なる」寄せ集めではないと反論するには、やはり、一味加えること(=+αの構成)が必要になってきます。
クレームの補正のアイデアとしては、(本事例では、絵からして、両スラスタの配置の工夫を限定構成としても無駄なので、2つのスラスタを有する船「ならでは」の観点たとえば、
・2つのスラスタの機能的な関連性(切替可能・連携可能など)
・2つのスラスタの構造的な関連性
などをクレームの補正で追加するあたりが一般的なアイデアだと思われます(もちろん、明細書に根拠がないと、新規事項追加になってしまいますが)。
機能的な関連性、あるいは、構造的な関連性は、本件発明において何らかの工夫がある(明細書に記載されている)と思われるので、これに相当する構成を追加するというわけです。
もっとも、権利範囲を必要以上に狭めないため、クレームの補正は、必要最小限度の構成の追加でなければなりません。
下記の記事で以前に少し書きましたが、広い特許発明ほど強い特許発明です。
一般論としては、クレームで、構成を限定すればするほど、権利範囲は狭くなってしまいますよね。
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さて、一味加える限定構成(補正クレーム)の案ですが、たとえば、
①(一方のみでも、両方でも動かせるように)切替可能とされている点とか、
②(絵とは少し違いますが、)互いの振動を軽減するために、何らかの形での一体化構造(とすることで互いの振動を打ち消す)とか(実際、そのような効果があるかどうか知りませんが・・・)
などが考えられます。
他にも、色々と良い補正のアイデアがあるかもしれません。
最後に
「スラスタを1個から2個にすることは容易か」という事例で、スラスタが別々の場所に配置されている2つの引用発明から、結果的に、スラスタを2個にすることは容易とされそうな場合の事例について検討しました。
また、このような(進歩性を否定されそうな)事例で、特許査定(進歩性ありと判断)されるために、
① 本件発明の課題と、各引用発明の課題の違い(主に、裁判所向け)や進歩性が肯定される方向に働く各要素に基づく主張、
③ (2個「ならでは」を示す)必要最小限度の追加構成の案(補正)
についても検討してみました。