特許実務-進歩性の基本的考え方(ケース3)
はじめに
今回は、進歩性の基本的考え方のうち、ケーススタディ3を記事にしたいと思います。
進歩性の基本的考え方の本文とは別に、演習問題的なケーススタディも並行して記事にしています。
これまでのケーススタディは、下記記事のとおりです。
今回も、同じような事例です。
masakazu-kobayashi.hatenablog.com
masakazu-kobayashi.hatenablog.com
masakazu-kobayashi.hatenablog.com
ケース3
本件発明
事案はこれまでのケーススタディ1、2とほぼ同様の仮想事例で、
本件発明は、推進機を3個有する移動体
【課題】は、重量バランスを図った。
です。
なお、説明を重視するため、ちょっと抽象的な発明ですが、実施例としてはスライドの上図のとおり、進行方向前方に1個、後方に2個推進機がある移動体です。
主引用発明
主引用発明は、推進機を2個有する移動体す。
具体的には後方に2個の推進機があります。ただし、後述するように、1個は補助的な小さいものです。
主引用文献の明細書には、
「①【課題】従来、推進機は1個でであった。しかし、推進機が1個では推進力が
十分ではなかった。
・・・そこで、推進力を向上させるために、推進機を2個とした。」
更に、このような記載が続きます。
「② もっとも、推進機を2個とした場合、推進機全体の重量が増加してしまう
という別の問題が生じる。
そこで、2個目の推進機は、補助的な小型のものとし、推進機全体の重量増加
を最小限度に留めることで、推進力の向上と重量のバランスを図った。」
副引用発明
副引用発明は、
推進機を1個有する移動体
で、具体的には、前方に1個推進機がある移動体です。
進歩性否定のロジック(前回記事で紹介したロジックB)
主引用発明は、後方に2個の推進機を有する移動体である。
副引用発明は、前方に1個の推進機を有する移動体である。
両者は、推進機を有する移動体という点で技術分野が同一であり、移動体を推進機で推進させるという機能・作用も同様である。
したがって、公知発明1の(後方に)2個推進機を有する移動体において、公知発明2の(前方に)1個推進機を有する構成を採用し、本件発明のように、合計3個の推進機を有するようにすることは、当業者が容易に想到し得たものである。
・・・と言いたいところですが、どうでしょう。
示唆と阻害要因
主引用文献の明細書の記載を見たときに、
上記①の点だけ見れば、
・推進力向上のため推進機の数を1個から2個に増やした
⇒3個以上にすることについて、示唆がある。
というロジックで突っ切れそうです。
しかし、上記②の点も併せて見ると、
・でも、重量増えちゃうから、2個目は補助的な小さなもの
(最小限度での推進機の増加)
⇒3個以上にすることは、阻害要因がある。
なお、紛らわしいですが、本件発明の3個の推進機による重量バランス(=推進機を均等配置して重心を中心にするという意味のバランス)と、主引用発明の重量バランス(=推進機を増やすことによる、推進力の増加というメリットと、重量の増加というデメリットの均衡を図ったという意味でのバランス)は同じようで、違います。
引用文献の明細書の記載の重要性
進歩性のロジックを構築する際に、引用文献から引用発明(たとえば、主引用発明)を認定し、また、他の引用発明(副引用発明)と組合せられるかを検討する際に、その明細書の記載の中で動機付けを探すわけですが、上記のように、①(示唆)だけを見て、②(阻害要因)を見逃すというパターンが、無効議論の相談を受けたとき、よくお目にかかります。
相談者が、この主引用発明は、副引用発明と「組み合わせられる!」と説明してくれるのですが、「どれどれ」と主引用発明の明細書を読んでみると、「あれあれ、これ、推進機2個以上に増やせませんよ。だって、2個目は最小限度の補助的なものって書いてあるから、(他の引用発明と組み合わせて)3個にすることは想定していないというか、3個以上に増やすの阻害要因ありって評価されちゃいますよ。」ってな感じになってしまうことが結構あります。
先の例は、ごくシンプルな例なのですが、引用発明自体の明細書が長く、複雑だったりすると、大事な阻害要因となり得る点を見逃してしまうことが多いんです。
最後に
今回は、実務上よくある阻害要因のパータンをシンプルにしたケース3を取り上げました。
ここまで書いたところで気がついたのですが、進歩性の基本的考え方の本文で、まだ阻害要因を説明していなかった・・・。
すいません。要するに、組合せを阻害する要因(動機付けとは逆のファクター)です。詳しくは、また、いずれ。