特許実務-進歩性の基本的考え方(ケース5)【単なる寄せ集め?】
はじめに
進歩性判断に関するケーススタディの5回目です。
前回の記事は、下記です。
masakazu-kobayashi.hatenablog.com
ケース5
特許庁が公開している知的財産権制度入門テキストの事例から拝借しました。
本件発明: 船外機と空中プロペラの両方を設けた船
引用発明1: 船外機を設けた船
引用発明2: 空中プロペラを設けた船
公知文献である引用発明1、2から、本件発明は容易(進歩性なし)と言えるか、です。
このテキストでは、
「・・・、既に実在する発明(アイデア)を単に寄せ集めたにすぎないとして、
『進歩性』がないと判断される可能性があります。」
と記載されており、「単なる寄せ集めなので、進歩性なし。」としていますが、
「可能性があります。」とも記載されているように、事情によっては進歩性が認められる可能性があるということでしょうか。
拒絶理由
これまでのケーススタディとは趣向を変えて、(元特許庁審査官として)久しぶり(14年ぶりくらいでしょうか。)に拒絶理由を起案してみたいと思います。
① 引用文献1の船に、引用文献2記載の空中プロペラを採用することは、
容易に想到し得たものである(笑)。
これだと、理由になってないじゃないか(理由不備だろーが)となりそうです。
昔はこの程度の拒絶理由でしたが、今はもっとちゃんと詳しく拒絶理由が書かれているのでしょうか。弁護士になってから、中間処理とかしておらず、事件でもそれほど拒絶理由を見たりしていないので、正直あまり存じ上げません。
もう少し、詳しく書いてみましょうか。
② 引用文献1記載の船外機を有する船において、
同じく船である引用文献2記載の空中プロペラを採用することは、
容易に想到し得たものである。
引用発明1と引用発明2は、同じ船ということで、論理付けの一つである
技術分野の関連性が「具体的に」認められます。
(色々具体的に検討はするもののアウトプットとしての拒絶理由は)
昔はこの程度でした(すいません。)。
さて、技術分野の関連性についてですが、厳密には、一概に「船」といっても、小型船から大型コンテナ船までありますので、引用発明1、2の船が(規模的に)具体的には異なり、場合によっては技術分野の関連性が「強い」とまでは言えない場合もあるかもしれません。
再三取り上げている、例の、論理付け要素が、どれほど具体的に(抽象的に)共通しているかの問題ですね(下記記事ご参照。)。
masakazu-kobayashi.hatenablog.com
さて、進歩性を否定する要素が多い場合を仮定して、徹底的に具体的にした拒絶理由を書いてみます。
③ 引用文献1記載の小型船において、
<技術分野の関連性>
同じく小型船であって技術分野において同一である引用文献2の船
における空中プロペラを採用することについて検討する。
<課題の共通性>
引用文献1記載の船は、船外機を有するところ、一般的技術課題
(引用文献3~5、あるいは、この点については、引用文献1、2にも示唆が
ある)である推進力の増加を図るべく、
<機能・作用の共通性>
これと機能的・作用的に共通する(ただし、船外機と空中プロペラとでは、
具体的な点を見ると機能・作用としては異なる面もあるが、推進力を増加させ
という点では差異はない。)
引用文献2記載の空中プロペラのを更に設けるようにすることに、
格別の困難性は認められない。
<阻害要因の不存在>
この点、引用文献1記載の船に、引用文献2記載の空中プロペラを
採用することについて(物理的制約などの)特段の阻害要因は認められない。
<発明の効果>
そして、両推進機を有することよる効果も、本件発明の明細書の説明を見る
限りにおいては、それぞれによるそれぞれの推進力の総和を超えないものと
認められ、したがって、当業者が予測し得たものに過ぎない。
以上のとおりであるから、本件発明は引用文献1及び2記載の発明に基づいて、
当業者が容易に想到し得たものである。
・・・ややクドイでしょうか。論理付け要素を散りばめてみました。
単なる寄せ集めについて
ところで、本ケース(特許庁のテキスト)でも言及されている「単ある寄せ集め」
という概念は、進歩性を否定する理屈(?)の一つですが、イマイチよく分かりませんよね。
これって、「本件発明の各構成要件の有機的関連の有無」と関連しています(ダジャレみたいですいません。)。
訴訟になると分説(漢字注意!)といって、発明の構成要件をぶつ切りにして、
対象製品との充足性を見たり、進歩性の判断をしたりますが、発明の各構成要件の中には、有機的に関連しており、①切り離せない(切り離すと技術的意義がなくなってしまうような場合)と②切り離せる場合がありそうです。
たとえば、構成要件が、技術的意義との関係で、A+B+C+Dとあった場合に、
A+Bは切り離せない、A+BとCは切りなせるが、C+Dは切り離せないと言った場合
です(理想的に書いているので、現実はそこまではっきり区別できないかもしれません。)。
そのような場合、AとBを別々の引用文献から持ってきて組み合わせるというのは、
そもそも無理筋かもしれません(CとDも同様)。
逆に、引用文献1(A+B)と引用文献2(C+D)は、技術的意義と関係で
切り離せるのであれば、組合せも容易かもしれません。
ということで、本件発明は「単なる寄せ集め」であるというのは、言い換えれば、
本件発明の各構成要件は、技術的意義との関連性において、必ずしも有機的関連性を
有するものではないという頭があるのでしょう。
だから、本件発明の構成要件は分離できるし、逆に言うと、それぞれ別々の引用文
献に記載されている構成を組み合わせるのも簡単、これをもって、「単ある寄せ集め
」と評価しているように思います。
あくまでも私見ですが。
拒絶理由を解消する補正案
前述したように、「単なる寄せ集めに過ぎない」という、(私見では)
有機的関連性否定する拒絶理由に対しては、逆に、有機的関連性を持たせられれば、
寄せ集め(組み合わせ)は途端に難しくなります。
そこで、スライドにもありますように、2つの推進機(船外機と空中プロペラ)の
切替の構成や、2つの推進機による船体のバランスを図る構成(位置や制御方法)を
付加すれば、船外機と空中プロペラは「単なる寄せ集め」とは言えなくなり、
進歩性が認められる(特許になる)可能性が高いです。
最後に
進歩性のケーススタディ・シリーズは一応これで最後ですが、また、いいネタが見つかったら、追加したいと思います。
技術的に難しいとそれが理由で説明が難しいですし、事案設定が難しいですね。
進歩性の基本的考え方(スライド解説)は、まだ続きます。