特許実務-進歩性の基本的考え方(8)
はじめに
今回は、動機付け要素等の把握の注意点をテーマとして、進歩性の基本的考え方についてご説明したいと思います。
動機付け要素等の把握の注意点
進歩性判断(組合せ可否の判断)における動機付け要素等の役割(例えで言えば、引用発明同士をくっつける「糊」)は、前3回の記事でご説明しました。
masakazu-kobayashi.hatenablog.com
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まず、主引用文献から本件特許発明の構成に相当する部分を抽出することや、副引用文献から(本件特許発明と主引用発明との)相違点に係る構成に相当する部分を抽出することは、これから説明する動機付け要素等の把握に比べれば、それほど問題(疑義)は生じません。
というのは、本件特許発明と同様の構成を、(ある意味都合良く)抽出すればよいだけですから。
もっとも、引用文献から引用発明を抽出する際にも、いくらか問題は生じ得ます。
たとえば、引用文献から本件特許発明と同じ構成を探し出す場合に、引用文献には、別々に記載されている実施例の都合の良い構成だけをバラバラに取り出すというようなことは問題となる場合がありますし、また、密接不可分に関連する構成の一部だけを恣意的に取り出すと言ったことも問題が生じ得ます。
この点については、また別の機会にテーマとして記事にしたいと思います。
さて、引用文献から、本件特許発明に相当する構成を抽出する場合とは異なり、組合せのための動機付け要素等(特に、課題、機能・作用)を把握する際は、注意が必要です。
というのは、組合せのために把握すべき課題、機能・作用は、抽出した構成に対応したものでなければならない、という点を見逃しがちだからです。
単に、主引用文献の記載と副引用文献の記載との間で(更に言えば、本件特許発明の明細書も含めて)課題等に関する共通する記述を抜き出せばよいというのではありません。それが、各引用文献から認定した構成に対応したものでないと、組み合わせに用いることはできない場合があります。
よくご相談にいらっしゃる企業の知財部の方が、
「主引用発明と副引用発明との課題は共通しています。
主引用文献の段落【〇〇〇〇】には・・・と課題の記載があり、また、
副引用文献の段落【△△△△】にも・・・と同じ課題の記載があります。
ですので、組合せは容易だと思います。」
とご説明され、確かに、両文献の各段落には、同じような課題が書かれているので、私としても、
「確かに、課題は共通していそうですね。他の動機付け要素も考え合わせると、
組合せ容易そうですね。じゃぁ、見解書書きますかね。」
と答えるのですが、いざ、その後に見解書や意見書を書こうとして引用文献を読み込んでみると、当該課題は、(本件特許発明の構成に対応した)抽出されるべき構成には対応していなかった(全然関係していなかった)という場合が結構あります。
対応する構成自体を探し出す場合とは異なり、課題等の動機付け要素を都合よく抽出すれば足りるものではなく、あくまでも、抽出する構成に対応したものを把握しなければならないのです。
効果について
本件発明の効果が、予測できない顕著な効果であったか否かの判断についても、各引用発明の効果の記載等を手掛かりに検討することになりますが、ここでも、抽出した構成に対応した効果を把握しなければなりません。
この本件発明の効果については、いずれ取り上げざるを得ませんが、近時の最高裁やその差戻審の知財高裁判決を踏まえ、従来から各学説が色々とおっしゃっている効果の位置付け(独立要件説やら二次的考慮説)や内容(予測性・顕著性)は、なかなか理解が難しく、ちょっと記事にするのは憂鬱ですが、いずれ挑戦したいと思います。
なお、本件発明の効果の場合は、本件発明の当初明細書にどの程度記載されていることを要するか否か(定性的なもので足り、あとで量的なものは補充できるか等)といった別論点もあり、理解がより難しくなっています。
対応関係を把握するのが難しい場合
主・副引用発明の認定に用いる公開公報が、理想的に書かれていればよいのですが、実際には、自発補正や分割などを経た結果、(抽出すべき本件発明に相当する)構成と課題、機能・作用、効果との対応関係が明確に書かれておらず、あるいは、対応関係がよく分からなくなっているものが結構散見されます。
「あれっ、この引用文献の(分割で新しくクレームされた)各請求項と
(元々の明細書の)課題や効果の記載の対応関係が、めちゃくちゃだ!」
というのは、進歩性判断の検討過程で結構お目にかかります。分割後の明細書は、分割前のクレームに対応した記載のままであることは、実務上結構ありますよね。
ですので、動機付け要素等を把握される際には、この点を十分に注意する必要があります。
まとめ
引用文献から、本件発明の構成要件に対応する構成を抽出することは、(恣意的な抽出を避けることさえ注意していれば)それほど難しくはありません。
一方、組合せの可否を判断するために、各引用文献から、課題、機能・作用、効果といった動機付け要素等を抽出する場合には、前提として抽出した構成に対応した課題、機能・作用、効果を把握しなければなりません。
この対応関係を読み間違うと、動機付け要素等の総合考慮による判断が妥当なものではなくなってしまいますので、ご注意ください。