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特許実務-進歩性の基本的考え方(10)【本件発明の課題】

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特許発明の課題の取扱い

 

はじめに

 

 今回は、進歩性の基本的考え方(10)として、 進歩性判断の文脈における本件発明の「課題」の取扱いについてご説明したいと思います。

 

  前回は、下記記事で、進歩性判断の文脈における本件発明の「効果」についてご説明しました。

 「本件発明の効果」と同じく、いや、もっと厄介な「本件発明の課題」について考えてみたいと思います。

 

masakazu-kobayashi.hatenablog.com

 

進歩性判断における本件発明の課題の考慮

 

昔は本件課題を明示的に進歩性判断に考慮していなかった?

 

 「本件発明の課題は、進歩性判断においては考慮しない!」

 

というのが一番楽でいいですよね。最後に書きますが私が良いのではないかと思っています。

 

 さて、以前紹介した下記スライドにある特許庁の資料を見ると、進歩性判断において、本件発明の課題をどのように取り扱うかについては、明示的には書かれていません。

 

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進歩性の判断枠組み(特許庁

 

 以前の記事でもご説明しましたが、動機付け要素の一つに「課題の共通性」というのがあります。

 

 しかし、ここでの「課題の共通性」は、主引用発明と副引用発明とを組み合わせられるかという場面での、主引用発明と副引用発明のそれぞれの課題の共通性を意味しています

 

 したがって、必ずしも、本件発明の課題と各引用発明との間の共通性までを含んだ説明ではないと思われます。

 

 私は、ちょうど20年前から特許庁の審査官をしていましたが、発明(の構成要件)を理解するために、本件発明の課題を見ることはしていましたが、進歩性判断の理屈の中に、本件発明の課題を踏まえた判断はしていなかったように思います。

 

 知らず知らずのうちに、課題が新規で、発明が素晴らしいものに見え、その結果、特許査定になったというものはあったかもしれませんが、ちゃんとした理屈で、進歩性判断の文脈の中で、本件発明の課題を明示的考慮するというのは、そもそも念頭にありませんでした。

 

 おそらく、当時の審査基準にも書かれていなかったのではないかと思われます。

 

裁判所による、進歩性判断での本件発明の課題の考慮

 

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本件発明の課題の取扱い(特許庁≠裁判所?)

 

 さて、(私が審査官を辞めた時期)平成21年に割と有名な回路用接続部材事件という事件(上記スライドの前半部分)あたりから、進歩性判断の文脈において本件課題を考慮する(?)という裁判例が登場してきました。

 

 上の判示だけだと、いまいち本件課題の考慮の仕方が良く分かりません。

 

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本件発明の課題の取扱い

 

 このスライドの平成28年の知財高裁の判示をみると、主引用発明について、本件発明と課題が異なり、技術思想が相反する、ということを理由に進歩性を認めており、これは、明らかに、本件発明と主引用発明との課題の違いを進歩性を肯定する方向で考慮しているように読めます。

 

最近の審査基準の記述

 

 さて、前掲のスライド(下記で再掲します。の後半部を見ると、最新の審査基準で歩本件課題の取扱いを伺わせる記載があります。

 

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本件発明の課題の取扱い(特許庁≠裁判所?)

 

 主引用発明の選択という文脈で、

 

① 本件発明と、課題が同一ないし近いものを選択すること、

② 本件発明と大きく異なる課題を有するものは、当該主引用発明から進歩性を

  否定する論理付けは難しいこと、

③ 本件発明の課題が新規な場合(当業者が通常着想しないもの)は、

  進歩性が肯定される方向に働く一事情であること、

 

が書かれています。

 

 本件発明と主引用発明の課題の共通性(相反性)を見ること(①、②)、本件発明の課題が新規なら、進歩性を肯定する要素となること(③)が説明されています。

 

 おそらく、審査基準は、知財高裁等の裁判例とかを踏まえて改訂されていくものなので、特許庁としては近時の裁判例をそのように理解した(あるいは、それらを踏まえて、このように本件発明の課題を考慮すべきだとした)のだろうと推測します。

 

 前掲の平成28年の裁判例も踏まえると、主引用発明の適格性の問題のようにも捉えることができそうです。

 つまり、「本件発明の課題がかなり異なる(相反する)ものは、主引用発明足り得ない。」という理解です。

 

 なお、EPOの課題解決アプローチでは、主引用発明の適格性を問題にしますよね。

 

本件発明の課題の取扱い

 

 さて、これまで見てきたことを踏まえると、本件発明の課題が(公知文献に見られない)新規なものであったり、主引用発明(副引用発明も)の課題とかなり異なる場合は、(たとえ、主引用発明と副引用発明との動機付け要素が強いとしても、)進歩性を肯定され得る、ということでしょうか。

 

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本件発明の課題の取扱い

 

 特許クリアランスの際に、進歩性を否定する無効理由を考えるときには、本件発明の課題に近い公知文献を主引用発明として選択するということになるでしょうか。

 

 上のイメージで言えば、課題は、構成とは異なりますが、いわば、構成を貫く方向性(ベクトル)だと捉え、それぞれの引用発明の課題ベクトルと(できれば平行に近いもの)を選択するという認識でいることが重要かもしれません。

 

 

 発明は、課題→(課題解決原理としての)発明(=構成)→当該構成による効果

というストーリー性のあるものですからね(理想的には、ですが)。

 

私見

 

 さて、私見はというと、発明の課題を考慮する必要はないと思っています。

 本件発明の効果以上に必要ないと思っています。

 

 もちろん、発明を理解するために、課題を踏まえることは重要ですが、課題が新規だから、構成が公知文献から組合せで出来てしまう場合まで、進歩性を否定することはやりすぎのような気がします(裁判所も特許庁もそこまでは考えていないと思いますが・・・)。

 

 あくまでも、主引用発明と副引用発明とが動機付け要素が共通し、当業者が組み合わせることができるのであれば、それらの課題が、本件発明の課題と異なろうとあまり関係はないように思うのです。

 

 課題は、課題解決原理としての発明の構成の中に昇華されているはずですので。

 ずれがある場合は、サポート要件とか問題になりますよね。

 

 あまり言い過ぎると見識を疑われかねないので止めますが、もし、本件発明の課題や効果を進歩性判断に明示的考慮するのであれば、クレーム自体というか発明の概念自体を、構成だけでなく、課題・効果も含めたものと捉えるべきでしょう。

 

 つまり、クレーム(=権利範囲)に、

 

 【課題】・・・

 【構成】・・・

 【効果】・・・

 

と書くべきでしょう。それなら考慮してもよいと思います。

 

 もっともそのようにすると、侵害論の場面では、(今は流行らない)効果不奏功の抗弁や、課題相違の抗弁(?)とでも言いましょうか、そのような抗弁が、正面から争われることになるでしょうね。

 進歩性が肯定されても、充足性が困難となるということになりますね。

 

 無効論(進歩性判断)と(構成の)充足論のバランスをとるのであれば、やっぱり、進歩性の場面で、本件発明の課題や効果は直接的には考慮すべきものではないように思うのです。

 

 後知恵なんて言葉があり、多用される方もいらっしゃいますが、進歩性を否定する公知文献の組合せの論理(論理付けアプローチ)自体がそもそも別ルートでも発明を創作できたかを検証するという後知恵ですからね。

 あくまでも、フィクションです。

 

 

 たんたんと、公知文献の共通性(論理付け)の程度を見て、組み合わせて、(フィクションではあるものの)当業者が本件発明の「構成」を創り出すことが容易だったかどうかで判断すれば足りると思うのです。

 

最後に

 

 とは言っても、進歩性判断は、本件発明の課題も考慮する、本件発明の効果も考慮する、もちろん引用発明同士の動機付け要素も見る、と様々な考慮要素があればあるほど判断が複雑化し、一般の方にはよくわからなくなり、我々知財弁護士の仕事が確保されるというのは大変有難いことです。

 

 私が学者なら、発明の構成を重視するシンプルな考え方を主眼としますが、あくまで(言葉遊びで飯を食う)実務家なので、自分の取り扱う分野が複雑であればあるほど商売になりやすいです。

 もしかして、知財関係の皆さんも、そのために進歩性の判断やら何やらを複雑化しているのでしょうか。

 

 均等侵害の要件も10要件ぐらいあっても良いかもしれませんね。

 言い過ぎました。ここで止めます。

 

 進歩性の基本的考え方も10回分が終わりましたが、まだまだ道半ばです。

 

 

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