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特許実務-進歩性について考える(その5)主引用発明+副引用発明

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Painting (Formerly Machine) (1916) Morton Livingston Schamberg

 

はじめに

 

 進歩性に関する下記の第1回、第2回の記事では、進歩性を考えるための前提事項(総論)をご説明しました。 

 

masakazu-kobayashi.hatenablog.com 

masakazu-kobayashi.hatenablog.com

 

 進歩性に関する下記の第3回、第4回の記事では、簡単な事例からということで、(副引用発明は使わない)主引用発明のみに基づく進歩性判断(=設計事項か否か)の事例を検討してみました。

 

masakazu-kobayashi.hatenablog.com

 

masakazu-kobayashi.hatenablog.com

 

  その中で議論した本件発明の課題の取り扱いに関しては、主引用発明と副引用発明とを組み合わせる場合の進歩性の判断においても同様に考えることができそうですので、あらためて以下のとおりにまとめました。全くの私見で間違ってるかもしれませんが・・・。

 

1つの考え方

 

 一つの考え方としては、進歩性の判断にあたっては、主引用発明と副引用発明との課題の共通性(ベクトルの平行性)を進歩性判断の考慮要素とするだけでなく、本件発明と主引用発明(したがって、副引用発明も?)の課題の共通性(ベクトルの平行性)を追加的な考慮要素とする、という考え方です。

 

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課題の共通性のイメージ図

 

 ここで、本件発明と各引用発明の課題をどの程度要求するか(平行性の程度)、という問題がでてきます。

 

 厳格に要求する考え方をとると、進歩性が認められるレベルが格段に上がってしまいます。

 前回までのたとえ話で言えば、頂上(本件発明の構成)に達するまでの山の登り方が多少違ってくると(=課題から本件発明に至ったストーリーと、進歩性欠如の論理が違う場合)、進歩性は否定されないということになります。

 しかし、たとえば、審査過程における拒絶理由でよく見られる前提構成(=従来技術)を主引用発明とし、特徴的部分にあたる副引用発明を組み合わせるという進歩性欠如の論理は採りにくくなり(多くの場合、本件発明と主引用発明(従来技術)の課題が違うからです。)、進歩性は否定されないということになります。

 この厳格な考え方は、主引用発明が厳しく選択されるという側面もあります。

 

 一方で、緩く見る考え方として、本件発明の課題と各引用発明の課題が全く異なる(ベクトルがほぼ反対方向を向いている)場合だけ、阻害要因的に、進歩性を認めないということが考えられます。

 たとえ話で言えば、反対から山に登る場合だけ進歩性を否定する、というものです。

 この考え方は、それまでの審査実務にそれほどの影響はないのではないかと思われます。

 

 中間的な(ある程度の共通性を要求する)考え方を採ると、基準が曖昧となり、(他の進歩性の考慮要素の考慮の程度とも相まって)、進歩性の有無の予測可能性は格段に低くなります。

 

別の考え方

 

 一方で、別の考え方としては、主引用発明と副引用発明との課題の共通性(ベクトルの平行性)を進歩性の判断要素(動機づけ)とはするが、本件発明と各引用発明との課題共通性(ベクトルの平行性)は一切問わない、という従来の実務の考え方です。

 

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課題の共通性のイメージ図

 

 本件発明の課題は、全て構成に消化されている(はずだ)という考え方とも言えそうです。なお、消化されていない、すなわち、課題を解決できる構成要件が反映されていない場合には、サポート要件違反になり得ます。

 

 この考え方だと、たとえ話で言えば、頂上(=本件発明)に達するための山の登り方は一切問わない、というものになります。

 

実際には・・・

 

 実際の実務では、そもそも、本件発明や各引用発明の課題が何かが明確ではない場合も多く、また、課題をどの程度抽象的あるいは具体的に捉えるかで課題の共通性の有無についての結論が変わってくる場合もありますので(一般的には、抽象的に捉えれば捉えるほど共通性は見出しやすくなりますよね。)、更に判断が曖昧化し、場合によっては、恣意的に(どちらにでも)判断できてしまう事案も多いので、やはり進歩性の判断は難しい、よく分からない、予測可能性がない、ということになってしまいます。

 

 私は、20年ほど前に7年半ほど特許庁で審査官をしていましたので、上記の別の考え方の方がしっくりきます。

 あるいは、本件発明と主引用発明の課題が異なるとしても、全く反対の課題のような場合だけ、主引用発明を排除する(適格性なしとする)という限度での本件発明の考慮するぐらいが穏当なのではないかと思っています。

 

 もっとも、今は、特許弁護士ですので、自分の依頼者が、相手方の特許発明の進歩性を否定する必要があるのであれば、

 ① 特許発明と主引用発明との課題が共通していればその点を強調しますし、

そうでなくても、

 ② 特許発明と引用発明との課題の共通性を抽象的に捉えて共通性を見出したり、

あるいは、それが無理でも、

 ③ 主引用発明と副引用発明との課題の共通性等の動機づけのみに言及して、本件発明の課題にはあまり触れないようにして、

進歩性欠如の議論をする、という大変都合の良いスタンスで書面を書けば良いだけなので、実際のところ、仕事で悩むことはあまりありません。

 

 弁護士って、依頼者に有利なことをひたすら主張すればよいだけなので、ある意味、迷いがなく楽な仕事です。

 

 審査官、審判官、裁判官は、それぞれ立場は違いますが、進歩性の有無の判断者ですので、それぞれお考えがあるのだろうと推察します。

 なお、三者の一般的な違いについては、以前に記事にしました。

 

masakazu-kobayashi.hatenablog.com

 

最後に

 

 かなり危なっかしい進歩性の議論に踏み込んでしまいました。

 また、いずれ自分でも再検証することにしたいと思います。記事を消してしまうかもしれません。

 

 しかし、いずれにしても、私が実務で進歩性の有無を考えるときは、以上のような思考過程を経ています。

 

 次回以降は、再び、スラスタの事例に戻り、今度は、「2個から3個」ではなく、「1個から2個」に増やすことが容易か否かについて、検討してみたいと思います。

 

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