刑事事件-否認事件と示談
はじめに
今回は、否認事件と示談について、記事にしたいと思います。
前回の下記記事では、示談について一般的なお話をしました。
masakazu-kobayashi.hatenablog.com
否認事件なのに示談?
否認事件というのは、被疑者・被告人が、
「自分は罪を犯していない!無罪である!」
と主張して争う事件です。
そうすると、罪を犯していないというのに、被害者とされる方と示談をするのはおかしい、筋が通らない、となりそうですよね。
そのとおりです。
実際、弁護士等になるための研修所での最終試験(2回試験といいます。)で、否認事件であるにも関わらず、示談などの情状関係のことを書面(弁論要旨)に書いてしまうと、試験に落ちる(法曹になれない)とか言われます。
しかし、実際に弁護実務の場面では、否認事件であるにも関わらず、示談交渉をし、示談をすることがあります。
なぜ示談をするのか?
罪を犯したことを争う以上、示談するのはそもそもおかしいというのは当然です。
私も、否認事件を受任した際には、
「争いましょう! 長い戦いになりますが、頑張りましょう!」
と励まし、否認事件の場合は残念ながら20日の勾留が続くことが多く、自白事件よりも頻繁に接見(=面会)し、虚偽の自白をさせられないよう頑張ります。
一方で、罪を犯したことを争いながらも、示談をするという事件も、実はあるのです。
強制わいせつ事件
私が数年前に担当したある事件です。
個人を特定する情報を一切出さずに事案の概要をご説明すると、
被疑者(男性)が、訪問販売である家を訪れ、その際に、家にいた女性に抱き着いたり、体を触ったり等の行為をしたというものです。
被疑者は、
「私は、よろけて、被害者とされる女性にもたれかかってしまっただけで、
女性に故意に抱き着いたり、触ったりしていない。」
と一貫して主張していましたので、私も励ましながら頑張りました。
一方で、本件の事情や被疑者の事情などを総合的に見ると、もし裁判で有罪になってしまった場合には、実刑判決になってしまうおそれが高い事件でした。
そこで、確かに、故意には触っていないので無罪を争うが、一方で、(客観的事実としては、)女性に触れてしまったことに間違いはないので、その点では女性に不快なな思いをさせてしまっているから、その限度で謝罪し、示談をするという選択をしました。
葛藤
正直なところ、原則どおり、否認事件であれば、示談などせず、最後まで争えば良いということなのでしょうが、日本の刑事裁判の有罪率はドラマのタイトルにもあったように、99.9%とか言われていますよね。
被疑者・被告人の利益を考えると、上述のような事例では、現実問題として示談を考えざるを得ません。
私も、こういう事件は当時始めてでしたので、随分迷いましたが、被疑者と話し合い示談交渉を開始することにしました。
否認事件の示談の難しさ
示談が難しいのは、被害者とされる方への説明です。
「 故意に触ったわけではないので、事件としては争っています。
裁判になっても争います。ですので、証人尋問に来て頂かなければならない
可能性もあります。
しかし、故意ではないと言え、女性の体に触れてしまったことは間違い
ありません。
結果的として不愉快な思いをされたことについては、謝罪したいと思います。」
という感じです。
あくまでも、事件としては争う(故意ではない)が、客観的事実としては間違いないので認め、被害者とされる女性が不愉快な思いをしたことについて、相応のお金をお支払いする、というものです。
最初は、理解してもらえず、交渉は難航しましたが、最終的には起訴までに示談が成立しました。
なお、示談書には、被疑者・被告人は、事件としては(故意については)争っている旨明記します。
自白して謝ったというものではないことを明記する必要もありますし、後日、被害者とされる女性から、「認めていないんだったら、示談なんかしなかったのに。」と示談をひっくり返される(示談の有効性を争われる)と困るからです。
しかし、本件は裁判へ
しかし、検察官の判断は、起訴(裁判)でした。
故意には触っていないので、無罪を争いましたが、残念ながら有罪でした。
この場合、争っているので、「反省している」とかは言えないので、重い罪になってしまう可能性がありましたが、示談が成立したことは裁判所に証拠として提出していたため、その点が考慮されて、執行猶予付き判決でした。
おそらく、このイレギュラーな示談をしていなかったら、(事案の内容や被告人の前科前歴からすれば、)実刑判決だったと思われます。
結果として、執行猶予付き判決で、被告人は刑務所に行かずに済みました(それ以前に保釈はされていましたが。)。
無罪で争っていたので、有罪となったのは敗北ではありますが、 被告人が実刑判決とならなかったことで、大変感謝されました。
でもまぁ、有罪ですから、私としては納得がいきませんが、被告人の意向で、控訴(不服申立て)はしない、ということでした。
まとめ
ということで、否認事件の場合は、通常は示談はあり得ないのですが、先にご説明したような事例では、有罪(特に実刑判決)になってしまうおそれも踏まえて、示談を決断することがあります。
もちろん、念のため、そもそも「触ってもいない」という痴漢の事件(迷惑防止条例違反や強制わいせつ事件)で示談をすることはあり得ませんので、その点は誤解しないでください。
あくまでも、先の例のように、「客観的事実としてはそのような行為があった場合」に限られます。
そうは言っても、他の弁護士さんからすれば、
「そのような事件でも、示談をするなんておかしい、一貫していない。」
とおっしゃる方もいるかと思います。
しかし、示談でそもそも不起訴になる可能性が結構あることや、裁判になった場合の有罪率が異常に高い、という現実を踏まえた場合、トータルで見て被疑者・被告人の利益の最大値を考えたときに、(私としては、)事案によっては否認事件でも示談をする、というケースのご紹介でした。