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特許実務-進歩性について考える(その1)総論

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Painting (Formerly Machine) (1916) Morton Livingston Schamberg

 

はじめに

 

 特許要件としての進歩性は、特許法の分野において、①充足性(クレーム解釈)や②均等論の本質的部分、③間接侵害における不可欠品などと並んで、その概念が最も難しいものの一つです。

 

 進歩性に関しては、後述するように、一応、裁判所及び特許庁が提示する判断基準(共通認識)はあるものの、進歩性の概念は、特許実務家がそれぞれ固有の考え方を持っているような気さえしてしまいます

 例えて言うならば、「愛」の概念のようなものです。

 

 しかし、このブログで、生意気にも特許実務を語る以上は、進歩性についての解説を避けて通るわけにはいない、とは思っていました。

 

 残念ながら、進歩性の判断を、理論的に、体系的に、統一的に、説明することは、少なくとも私の能力を超えています。

 

 しかし、自分なりの進歩性の理解や、あるいは、簡素化した事例において進歩性有無をどのように判断するかという考え方を提示する試みくらいは、何とかできそうな気がしています。

 

 今回、仕事で、進歩性一般について、改めて考える機会を得たこともあり、この難題に、現時点の私の経験と能力で、これから挑戦してみようと思います。途中で、諦めるかもしれませんが・・・。

 

 まず、第1回目は、総論です。外堀から埋めて行きましょう。

 

進歩性という特許要件

 

「特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができたときは、その発明については、同項の規定にかかわらず、特許を受けることができない。」(特許法29条2項

 

 法律家としては、事実(公知技術)を基礎として、この条文の規範である「容易に発明をすることができた」という要件にあてはめ、答え(進歩性の有無)を導き出すということに尽きます。

 しかし、この「容易に発明することができた」か否かというのは、規範的な要件ですので、一義的には答えを導き出すことはできません。

 

 素人目に見ても、たとえ、①判断者を当業者(=その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)と設定し、②判断の基礎を公知技術等に設定したとしても、どの程度容易であれば、「容易に発明をすることができた」と言えるのかは明らかではありませんし、明らかにできなさそうな気がします。

 

進歩性の判断を考える前提

 

進歩性の判断を考える前提として、以下の点に留意しておく必要があります。

 

(1)進歩性の判断には、真理(答え)はない。

 

 進歩性の判断は、結局のところ、政策的判断で、時代により異なります。プロパテントアンチパテントと言ったりします。

 

 ①進歩性の判断を限りなく緩くすると(なんでもかんでも進歩性ありとすると)、登録制度に近づきますし、逆に、②進歩性の判断を限りなく厳しくすると(なんでもかんでも進歩性なしとすると)、特許制度の否定に近づきます。

 

 今は、特許庁の特許査定率は70%くらいだそうなので、それくらいの感じでしょうか(笑)。

 

 現在の進歩性の特許庁での運用や裁判所での傾向は、①と②の間のどこに、進歩性の境界を見出しているのかというのを分析するのが、進歩性を知る限界です。

 

 ですので、何十年、特許実務に携わろうと、これはこうこうこういう理由で進歩性があるとか無いとかを語ることができますが、特許庁や裁判所の判断を100%予測することはできません。というか、特許庁の審査官・審判官や裁判所さえ、進歩性がなんたるかを完全に理解している人はいません。不勉強ですが、進歩性の最終統一理論を提示している人はまだいないと思いますし、政策的判断である以上、それはできません。

 

 これから、特許実務をされる方は、その意味では安心してください。進歩性については、誰も大して良く分かっていませんから・・・。

 

(2)進歩性の判断には、一応の判断枠組み(総合考慮型)がある。

 

 そうは言っても、お代官様(≒審査官や審判官、裁判官)が、「進歩性がないと言ったから無い」というのでは困ります。お代官様の気分次第ですと、予測可能性はゼロになってしまいます。

 進歩性の判断の枠組みについては、一応、特許庁が昔から提示しているものがあります。

 

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進歩性の判断手順例

平成 18 年度進歩性検討会報告書(平成 19年3 月、特許庁審判部)124頁より抜粋

 

 裁判所も下記の裁判例にあるように、この特許庁の判断枠組みを概ね是認していると思います。

 

「上記進歩性に係る要件が認められるかどうかは,特許請求の範囲に基づいて特許出願に係る発明(以下「本願発明」という。)を認定した上で,同条1項各号所定の発明と対比し,一致する点及び相違する点を認定し,相違する点が存する場合には,当業者が,出願時・・・の技術水準に基づいて,当該相違点に対応する本願発明を容易に想到することができたかどうかを判断することとなる。

 ・・・

 主引用発明に副引用発明を適用することにより本願発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する場合には,①主引用発明又は副引用発明の内容中の示唆,技術分野の関連性,課題や作用・機能の共通性等を総合的に考慮して,主引用発明に副引用発明を適用して本願発明に至る動機付けがあるかどうかを判断するとともに,②適用を阻害する要因の有無,予測できない顕著な効果の有無等を併せ考慮して判断することとなる。・・・」(平成30年4月13日ピリミジン誘導体事件知財高裁大合議判決、下線は私が付しました。)

 

 進歩性の判断枠組みは、前述したように、進歩性の有無が規範的要件である以上、総合考慮により判断されます。

 

 その考慮要素は、特許庁の資料や先の裁判例に挙げられているように、技術分野の関連性や、課題の共通性、作用・機能の共通性、示唆、阻害要因、予測できない顕著な効果の有無等々です。

 

(3)進歩性の判断は、どちらにも転がすことができる(場合がある)。

 

① さて、進歩性の有無の判断は、総合考慮型であるが故に、どの考慮要素をどの程度重視するかで、結論を左右することができます

 

 たとえば、技術分野の関連性さえ認められれば、主引用発明と副引用発明を組み合わせることが容易というとすると、比較的進歩性の判断は厳しく(進歩性が認められにくく)なりますね。一昔前の機械分野の審査官に近い考え方かもしれません。

 

② もう一つ重要なポイントは、各考慮要素を、抽象的に(上位概念として)捉えるか、あるいは、具体的に(下位概念として)捉えるかにより、主引用発明と副引用発明の組み合わせの動機付けの有無を左右できるという点です。

 

 たとえば、主引用発明(乗り物)が、軽量化による推進力向上を図ったという課題で、副引用発明(乗り物)が、形状の工夫による推進力向上を図ったという課題である場合、課題を、抽象的・上位概念(推進力向上)で捉えると、課題の共通性は肯定されますが、課題を、具体的・下位概念(軽量化による推進力向上と形状の工夫による推進力向上)と捉えると、課題の共通性を否定することもできてしまいます

 

 正直申し上げると、私が審査官だった頃、この上位概念化テクニックを使って、以下のように、進歩性を否定するロジックに多用していました。

 

 「主引用発明における〇〇において、△△という課題を解決すべく、副引用発明の■■の構成を採用することは、容易に想到し得たものである。」

(△△は、主引用発明と副引用発明の上位概念で共通の課題)

 

 まとめると、進歩性の判断基準が、考量要素が複数ある総合考慮である以上、どの考慮要素をどの程度重視するか、あるいは、各考慮要素について、どのぐらいのレベル(抽象的⇔具体的)で捉えるかにより、進歩性の有無を左右できてしまうのです。

 

(4)進歩性の判断は、裁判所と特許庁で同じではない(かもしれない)。

 

 進歩性の有無の判断において、本願発明の課題をどのように位置づけるかについて、特許庁と裁判所の考え方は同じではないかもしれません。

 この点については、次回にご説明したいと思います。

 

まとめ

 

 進歩性の判断に真理はなく、時代と共に変化する政策的な判断です。

 

 進歩性の判断は、規範的要件で、特許庁も裁判所もほぼ同じ枠組みで、様々な考慮要素の総合考慮により判断しています。

 

 進歩性の判断は、①どの考慮要素をどの程度重視するか、あるいは、②考慮要素をどのレベルで捉えるか(抽象的・上位概念的⇔具体的・下位概念的)で捉えるかで、その有無の判断を左右することができます。

 

 進歩性の判断において、本願発明の課題の位置づけは、特許庁と裁判所で異なるかもしれません(次回のテーマ)。

 

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