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特許実務-進歩性について考える(その2)本件発明の課題

 

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Painting (Formerly Machine) (1916) Morton Livingston Schamberg

 

はじめに

 

前回から、進歩性について考えています。

前回は、進歩性を考える前提となる事項についてご説明しました。

 

masakazu-kobayashi.hatenablog.com

 

今回は、進歩性を考える上での本件発明の位置づけについて考えてみたいと思います。

 

従来の審査基準の考え方

 

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進歩性の判断手順例 平成 18 年度進歩性検討会報告書(平成 19年3 月、特許庁審判部)124頁より抜粋

 

特許庁の従来の審査基準では、進歩性を判断する際に、主引用発明と副引用発明との組み合わせの可否において、主引用発明と副引用発明との課題の共通性を動機付けの一要素として考慮していますが(上図参照。)、本件発明と各引用発明との課題の共通性については必ずしも進歩性の判断の考慮要素とされていなかったように思います

 

私自身、元特許庁審査官ですが、上記図のフローに従い、本件発明の内容を理解する上で、本件発明の課題を見ていましたが、進歩性のロジックで、本件発明の課題を取り上げることはしていませんでした。

 

裁判所の進歩性判断における本件発明の課題の考慮

 

しかし、おそらく、回路用接続部材事件判決頃から、裁判所は本件発明の課題を重視するようになり、更に、本件発明と引用発明の課題の(大きな)相違を、進歩性を否定する要素として考慮しているものが見られます。

 

特許法29条2項が定める要件の充足性,すなわち,当業者が,先行技術に基づいて出願に係る発明を容易に想到することができたか否かは,先行技術から出発して,出願に係る発明の先行技術に対する特徴点(先行技術と相違する構成)に到達することが容易であったか否かを基準として判断される。ところで,出願に係る発明の特徴点(先行技術と相違する構成)は,当該発明が目的とした課題を解決するためのものであるから,容易想到性の有無を客観的に判断するためには,当該発明の特徴点を的確に把握すること,すなわち,当該発明が目的とする課題を的確に把握することが必要不可欠である。そして,容易想到性の判断の過程においては,事後分析的かつ非論理的思考は排除されなければならないが,そのためには,当該発明が目的とする「課題」の把握に当たって,その中に無意識的に「解決手段」ないし「解決結果」の要素が入り込むことがないよう留意することが必要となる。

 さらに,当該発明が容易想到であると判断するためには,先行技術の内容の検討に当たっても,当該発明の特徴点に到達できる試みをしたであろうという推測が成り立つのみでは十分ではなく,当該発明の特徴点に到達するためにしたはずであるという示唆等が存在することが必要であるというべきであるのは当然である。」(知財高裁平成21年1月28日知財高裁判決-回路用接続部材事件。下線は私。)

 

「・・・本願発明は,使用初期においても,タイヤの氷上性能を発揮できるように,弾性率の低い表面ゴム層を配置するのに対し,引用発明は,容易に皮むきを行って表面層を除去することによって,速やかに本体層が所定の性能を発揮することができるようにしたものである。したがって,使用初期においても性能を発揮できるようにするための具体的な課題が異なり,表面層に関する技術的思想は相反するものであると認められる。

・・・

しかし,本願発明と引用発明とでは,具体的な課題及び技術的思想が相違するため,引用例1には,表面ゴム層のゴム弾性率を内部ゴム層のゴム弾性率より小さい所定比の範囲として,使用初期において,接地面積を確保するという本願発明の技術的思想は開示されていないのであるから,引用発明から本願発明を想到することが,格別困難なことではないとはいえない。 」(知財高裁平成28年11月16日知財高裁判決-タイヤ事件。下線は私。)

 

最新の審査基準

 

知財高裁の判断を受けてかとは思いますが、最新の審査基準では、

 

「 審査官は、主引用発明として、通常、請求項に係る発明と、技術分野又は課題(・・・)が同一であるもの又は近い関係にあるものを選択する。

 請求項に係る発明とは技術課題又は課題が大きく異なる主引用発明を選択した場合には、論理付けは困難になりやすい。そのような場合は、審査官は、主引用発明から出発して、当業者が請求項に係る発明に容易に想到できたことについて、より慎重な論理付け(例えば、主引用発明に副引用発明を適用するに当たり十分に動機付けとなる事情が存在するか否かの検討)が要求されることに留意する。

 ・・・

 また、請求項に係る発明の解決すべき課題が新規であり、当業者が通常は着想しないようなものである場合は、請求項に係る発明と主引用発明とは、解決すべき課題が大きく異なることが通常である。したがって、請求項に係る発明の課題が新規であり、当業者が通常は着想しないようにあものであることは、進歩性が肯定される方向に働く一事情になり得る。」

 

とあります。

 

本件発明の課題の位置付けは、要するに、

 

本件発明の課題は、主引用発明の課題と違ったり、新規だったりすると、進歩性が肯定する方向になりそうだよねぇ~。」

 

という感じでしょうか。

 

進歩性判断における本件発明の課題は、何となく曖昧な位置づけで説明されているように思われます。

 

私見

 

本件発明と引用発明の課題の共通性を考慮する、更に言えば、本件発明と主引用発明との課題の相違本件発明の課題自体が新規であることによって進歩性を肯定するという考え方は、例えて言えば、「山の登り方が違えば、進歩性はありとする」という考え方のように思われます。

 

発明は、課題解決原理なので、

 

 課題 → 本件発明(=課題解決原理としての構成)

 

という発明者が発明に至った経緯(山の登り方A)があるわけですが、進歩性を否定するロジックは、

 

 主引用発明+副引用発明 → 本件発明

 

という、当業者によるフィクション(山の登り方B)を考えているわけです。

 

山の登り方(A、B、・・・)如何に関わらず、容易に本件発明の構成に至ることができたか否かを進歩性の判断基準とするのであれば、本件発明の課題は、進歩性判断の考慮要素としては、必ずしも見る必要はないはずです。

 

しかし、本件発明の課題を重視し、進歩性の判断に影響するというのであれば、「山の登り方があまりに違えば、進歩性ありとされる。」ということになりそうです。

 

私見としては、本件発明についての山の登り方A(本件発明に至る経緯)とフィクションとしての山の登り方B(主引例と副引例とを組み合わせるロジック)は異なっていても、山に登れた(本件発明の構成に至った)以上は、原則的に、進歩性なしとすべきだと思いますので、従来の審査基準の考え方に賛同します

 

私が、最初、従来の審査基準で進歩性の勉強したから、そういう先入観があるのかもしれません(笑)。

 

もっとも、本件発明の山の登り方が、フィクションとしての山の登り方と違うことによって、フィクションとしての山の登り方では想定できなかった、予測以上の効果が得られることは十分あり得ると思います(効果は、課題を解決することにより得られたもの、とでも言いましょうか。)。

 

この点、従来の審査基準でも、予想以上の効果があるか否かは、組み合わせの際に考慮していますね(前出の図参照。)。

 

ですので、結論としては、(特段、本件発明の課題を進歩性の考慮要素とは考えないが、課題の解決による予測以上の効果の有無については進歩性の判断要素としている)従来の審査基準の考え方で良いのではないかと思っています。

 

本件発明の課題の位置付けについての考え方

 

そうはいっても、最終判断者である裁判所が、本件発明の課題を考慮している以上は、私見はともかく、訴訟対応としては、以下のとおりに考えるのが良いのではないかと思っています。

 

イメージとして、課題は構成を構成しないものの(ダジャレ)、課題とは、発明の構成を貫くベクトルであると考え、

 

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進歩性を否定するには、課題のベクトルを揃える。

 

仮に進歩性を否定する立場であれば、引用発明の選定において、

主引用発明の課題緑の矢印)と副引用発明の課題赤の矢印)の共通性を確保する(ベクトルの方向を揃える)だけでなく、

本件発明の課題青の矢印)と主引用発明の課題緑の矢印)更には副引用発明の課題赤の矢印)の共通性をも確保する(ベクトルの方向を揃える)ようにする。

 

余談ですが、審査実務では、主引用発明を本件発明の前提構成が記載されたものを選択し、本件発明の特徴部分を副引用発明を組み合わせるということが多いように思います。

 

このとき、(新たな創作であるとされる)本件発明の課題と、(その前提構成に過ぎない)主引用発明の課題は、(矛盾しないまでも)異なることが通常のように思われます。

 

特許庁の最新の審査基準(前出)でも、前半部分において、本件発明の課題は、技術分野と「又は」で並列されているに過ぎず、本件発明の課題と主引用発明の課題の共通性を、明確には必須の考慮要素としていないのは、そのような背景があるのではないかと勘ぐってしまいます。

 

もっとも、裁判所が、本件発明の課題を結構考慮してしまっているので、最新の審査基準の後半部分(後出)は、

 

「本件発明の課題が、主引用発明とあまりに課題が異なる場合(課題が新規)の場合には、注意しようね(安易に拒絶しないよういしようね)。」

 

という裁判所に考え方に一応合わせたような感じの説明ですね(笑)。

 

各課題の把握におけるテクニック

 

進歩性について、肯定・否定のどちらの立場でも議論し得るテクニックとして、それぞれの課題をどの程度、抽象的(上位概念的)に捉えるか、具体的(下位概念的)に捉えるかにより、ベクトルの方向を揃えたり、異ならせたりすることが、ある程度はできるのだ、ということを頭の片隅に置いておくと良いかもしれません。

 

この点は、前回の記事の「(3)進歩性の判断は、どちらにも転がすことができる(場合がある)。」の項目で説明したとおりです。

 

masakazu-kobayashi.hatenablog.com

 

また、余談ですが、「抽象化⇔具体化テクニック」は、法律家の常套手段の一つです

 

刑事事件の「罪証隠滅のおそれ」と「逃亡のおそれ」の判断も、抽象的に見れば、すべての被疑者・被告人に認められるが、具体的に見れば、およそ認められないという場合があり、前者の基準で判断すれば勾留は簡単に認められてしまい、後者の基準で判断すれば(そうすべきだと思いますが)、勾留はそう簡単には認められないはずです。

 

「抽象化⇔具体化テクニック」は「総合考慮」と並んで、結論をどちらにでも導くことのできるテクニックです。

 

進歩性の判断は、この両者を含むので、結論がどちらに触れるか予測可能性が低くなってしまうわけです。

どちらかの立場で一方的に主張する分には(代理人の立場としては)、簡単なんですけどね。

 

最後に

 

進歩性判断における本件発明の課題の位置付けについて自分なりの考え方を説明しました。

結構、踏み込み過ぎてしまったかもしれません。

ご批判は甘んじて受け入れたいと思います。

 

が、引き続き、懲りずに、進歩性について検討していきたいと思います。

 

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