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刑事事件-一審無罪なのに控訴審で有罪を前提に弁護?

はじめに

 

今日は、下記の記事について書こうと思います。

最初、ニュースのタイトルを見たとき、誤記かと思いました

 

一審無罪も「弁護側」が有罪主張へ ???

 

news.yahoo.co.jp

 

事案と第一審判決

 

私も、ニュース記事でしか事実関係を知りませんので、詳しいことは分かりませんが、高齢の男性の運転する自動車が、女子高生2人をはね、女子高生らが死傷した、という大変辛い事件です。

 

男性は、自動車運転処罰法違反過失運転致死傷罪)で起訴されました。

過失」とあるように、故意犯(意図的に)ではなく、過失(注意義務違反)による犯罪です。

 

一般に、過失があったというためには、前提として、予見可能性があることが必要となります。

 

たとえば、普段から急に意識を失ってしまうような症状があり、この症状により運転中にも急に意識を失ってしまうことを本人が十分認識していたような場合は、予見可能性があった、となります。

 

そして、予見可能性を前提として、結果を回避する義務(結果回避義務)違反があったかどかを検討します。

そして、結果回避義務違反あると、過失があったとされます。

 

詳しくは分かりませんが、本件では、男性は薬を服用しており、低血圧になり意識障害を起こした可能性があったようです。めまいの症状もあったようです。

 

記事によれば、本件の第一審は、過失の前提となる予見可能性がなかった、という判断で、無罪とされました。

 

具体的には、第一審判決は、被告人が、意識障害による事故の発生について予見できたか合理的な疑いがある、として被告人に過失がないとして無罪としたようです。

医師からの運転に対する注意があったかなかったは、争いになっていたようです。

 

国選弁護人の方が第一審を担当されました。

なお、国選弁護人は、通常、審級毎(第一審、控訴審、上告審ごと)に別の弁護士が選任されるので、第一審の国選弁護人が引き続き控訴審の国選弁護人を担当しないことは、特に変わったことではなく、むしろ普通です。

 

検察官としては、無罪判決が不服であるとして、控訴しました。

 

本件は、控訴審は、私選の弁護人がついたようです。

 

これから始まる控訴審

 

そして、前記の記事によれば、控訴審で、弁護人が、有罪主張(?)、つまりは、被告人に予見可能性があったことを認める前提で、弁護活動をするそうです

 

第一審判決が無罪なのに???

 

詳しいことは分かりませんが、記事によれば、男性の家族は一審から有罪判決を望んでおり、また、男自身が罪を償うべきだと考えているそうです。

 

倫理上の問題

 

ところで、よくある弁護士倫理の問題ですが、刑事事件で、被疑者から、「自分は犯罪をしていないけど、早く釈放されないと仕事をクビになって困るので、罪を認めますので、早く釈放するようにしてください。」と言われたらどうするか、というのがよく出ます。

 

被疑者が仕事を失ってしまうという不利益を回避するためだから、真実に反するが、有罪を前提に弁護してもでしょうか?

それとも、無罪の人が有罪にしてしまうかようなことを弁護人がしてはいけない、でしょうか?

 

難しい問題ですね。私は、後者のスタンスです。

 

本件の場合、一審で無罪なので、現時点で無罪の方に、有罪を前提に弁護してくれと頼まれたら、大変困ってしまいますね。

 

先に述べたように、予見可能性の有無は、様々な事情による法的評価なので、被告人が認めたからといって直ちに有罪になるとは限りません。

しかし、「私は、医師から、薬の副作用による意識障害や、めまいの症状のため、運転しないように言われていたにも関わらず、運転をしてしまい、事故を起こしてしまいました。私に過失があります。」と認めたら、他の事情と併せて、予見可能性ありと評価され、有罪になる可能性があります。

 

ただでさえ、検察官が控訴する事件は、一般的に、逆転有罪の可能性が高いのが現状です。

 

しかし、第一審で無罪となっており、無罪の可能性が高い(少なくともある程度ある)状況で、私は、有罪を前提とした弁護は、倫理上問題があり得ると思うので、できません。

 

記事よれば、家族も男性自身も、男性が罪を償うべきと考えているようですが、何も、交通刑務所に行くことだけが罪を償う手段ではありません

(たとえ、過失なしで無罪だとしても、自分の運転から被害者が出てしまったことは間違いないわけなので、)他に被害者に対して、できることはたくさんあるはずです。

 

最後に

 

私は、第一審が無罪の事件ついて、本人や家族から控訴審では、有罪を前提に弁護してくれと頼まれたら、被告人の最大限の利益を代弁する弁護人としては、

 

「いや、控訴審でも、第一審の無罪判決を維持するようにすべきです。たとえ、あなたが無罪だとしても、被害者やその家族のためにいろいろできることはあるはずです。何も、交通刑務所に行く必要はありません。たとえ本人や家族の希望でも、私は、いったん無罪とされた方に、無罪の可能性のある方に、有罪を前提とした弁護はできません。私は本件を受任できません。申し訳ありませんが、他の弁護士を探してください。」

 

と言うだろうと思います。

 

控訴審の弁護人の先生は、私とは考え方が違うでしょうが、別の意味で、男性や家族の利益を考えた上でのご決断なのだろうと信じます。私の知らない様々な事情もきっとあるのだろうと思います。

 

他のニュース記事によれば、第一審での無罪判決の際、傍聴席から、「人を殺してもいいのか!」という怒号もあったようです(なお、少なくとも、本件は、殺意をもった故意犯では決してありません。)。

 

しかし、弁護士倫理も関係する難しい問題ですね。

 

私も、自動車運転過失傷害の事件を何件か担当しましたが、用事があって急いでいた等、ちょっとした気の緩みや不注意で、被害者に怪我をさせてしまっています。被害者はもちろん加害者も不幸のどん底に陥ってしまいます。ある意味、非常に辛い事件の一類型です。

 

私はと言えば、運転は一切しません。私は病気ではありませんが、ときどきめまいがしたり、目の前が「砂」になってしまうことがあります。

たとえ過失であっても、人身事故を起こして禁錮刑になってしまったら、欠格事由に該当し、弁護士資格を失ってしまいますから。

 

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