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特許入門2(強い特許とは?-第1回)

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強い特許→広い特許

 

強い特許とは?

 

私は、 特許実務に関するセミナーをよくやらせて頂いています。

その中で、最初に取り上げる重要なテーマ、

 

強い特許とは?」 

 

について説明したいと思います。

 

なお、「特許」、「特許権」、「特許発明」の用語の使い分けについて、以下の記事にさらっと書きました。

 

masakazu-kobayashi.hatenablog.com

 

ここでは、正確には、「強い特許とは?」ではなく、「強い特許とは?」とすべきところですが、「特許権」よりも「特許」の方がキャッチ-なので、以下では「特許」という用語を使います。

 

特許が強い/弱いというは、特許法の問題というより特許実務の問題ですので、大学の講義やゼミではあまり扱いません。実務上、自分の発明を評価するときや、他社の特許発明を評価するときに、最も大事な点の一つです。

しかしながら、私の知る限り、「強い特許とは?」については、既存の書籍ではあまり整理された形で具体的に説明されていないように思われます。

そこで、数回に分けて、ご紹介したいと思います。

 

なお、このテーマは、昔、セミナーを聞いて下さった方からの紹介で、「強い特許をめざして」というタイトルで「知財管理Vol.63 No.3 2013」に掲載されました。

 

www.jipa.or.jp

 

強い特許の要件?

強い特許の要件は、

 

(1)広い特許であること

(2)つぶれない特許であること

(3)回避困難な特許であること

(4)立証が容易な特許であること

 

です。

 

今回は、最初の「(1)広い特許であること」について説明したいと思います。

まず、前提となる特許権についての簡単な説明と仮想事例を設定します。

 

特許権についての簡単な説明と仮想事例

 

特許権というのは、人格権のように所与のものではありません。特許庁に、どういう発明の範囲で権利をとりたいかを記載した書類である「特許請求の範囲」や、その発明の内容を具体的に説明した「明細書」等を提出します。そして、審査官に審査してもらい、無事合格すれば(=特許査定されれば)特許権を取得することができます(審査主義)。

 

「特許請求の範囲」には、後述するように、文章で発明の内容を記載します。特許庁に発明の実物や写真を持っていって、「この実物についての権利ください!」というわけではありません。

 

具体例がある方が説明しやすいので、仮想事例を設定します。

① 今まで、この世には、円形断面の鉛筆しか存在しなかった、

② でも、あなたは、円形断面の鉛筆では机から転がり落ちてしまい嫌だなぁと思っていた、

③ そこで、あなたは六角形断面の鉛筆にすれば鉛筆が転がり落ちなくて良いのではないかと思い、その発明について特許権を取ろうと思った、

とします。

 

この場合、あなたは、特許請求の範囲に、思いついた発明をそのまま、

 

「断面が六角形である鉛筆。」

 

と書いて、出願するかもしれません。

これまで、世界には、円形断面の鉛筆しか存在しなかったのですから、六角形断面の鉛筆は新しいですし(「新規性」があるといいます。)、円形断面の鉛筆と比べて進歩的なものと評価されれば(「進歩性」があるといいます。)、特許査定がなされ、特許権を取得できるかもしれません。

なお、新規性・進歩性というのは、特許要件(=特許されるための要件)ですが、感覚的には、従来のものと比べて、新しくて、進歩したものに権利が与えられるという意味です。詳しくは、また別の機会に説明したいと思います。

 

六角形断面の鉛筆について特許権を取得すると、あなた以外の誰も、六角形断面の鉛筆を作ったり、売ったりできなくなります(「独占排他権」といったりします。)。ですので、あなたは、日本で、自らの発明である六角形断面の鉛筆を、独占的に製造・販売することができるようになります。仮想世界では、あなたは儲かって大金持ちになるかもしれません。

 

しかし、ある会社が、四角形断面の鉛筆を売り出したとしたら、どうでしょう。

四角形断面も同じく、机からは転がり落ちにくいので、その会社にあなたのシェアは奪われ、思ったほど儲からなくなるでしょう。

あなたの特許権は、あくまでも、「六角形」断面の鉛筆についてですから、原則として、「四角形」断面の鉛筆の販売は独占はできませんし、その会社に「特許権侵害だ!」といって、「四角形」断面の鉛筆を製造・販売することを止めることもできません。

 

(1)広い特許

 

それでは、特許請求の範囲を

 

「断面が多角形の鉛筆。」

 

と書いて特許権を取得していたらどうでしょう。

この場合は、先ほどの会社に文句が言えそう(=特許権行使ができそう)です。おれの特許権は、多角形の鉛筆だ。六角形断面の鉛筆だけでなく、四角形断面も含むのだと。

 

そう、あなたが思いついた「転がり落ちない」という課題を解決することは、六角形断面だけでなく、三角形断面でも、四角形断面でも、実現できそうです。

「断面が多角形の鉛筆」は、「断面が六角形の鉛筆」の上位概念ですから(六角形は多角形に含まれる。)、権利範囲としては広くなるということになります。

特許権の権利範囲は、広い方が独占の範囲が広くなり、儲かって良いですよね。所有権の対象である土地も、広い方が、大きい家が建てられたり、庭までつくれてよいのと同じです。

 

さらに、「断面が多角形の筆記用具」(筆記用具には、鉛筆だけでなく、ボールペンも含まれます。)とした方が、さらに広くて、強い特許になりますね。

 

以上の点をやや格好よくまとめると、

 

発明者が創作した発明「断面が六角形の鉛筆」に関し、その(転がり落ちないようにするという)課題が解決できる範囲内で、当該発明を上位概念化(すなわち、六角形→多角形、鉛筆→筆記用具)をする作業をし、上位概念化された特許請求の範囲「断面が多角形の筆記用具」で出願することにより、より「広い特許」、すなわち、より「強い特許」を取ろう、そうすれば、独占できる範囲も広くなる、

 

ということになります。

 

弁理士(出願代理人)の仕事

このように、発明者が語る発明に至った経緯(鉛筆が転がり落ちて嫌だった)やその内容(六角形断面の鉛筆)をじっくり聞いて、「それは、四角形でもいけますよね。ボールペンでも同じように転がらなくて良いですね。」とか言いながら、発明者とディスカッションし、発明者の利益ために、強い特許、すなわち、広い特許をとるべく「特許請求の範囲」の表現を考え出すのが、特許出願の代理人たる弁理士さんの仕事の一つということになります

 

自己紹介でも書きましたが、私は、理系弁護士でもあり、弁理士でもあります。

 

masakazu-kobayashi.hatenablog.com

 

次回は、強い特許とは「(2)つぶれない特許」であること、について説明したいと思います。