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特許実務-進歩性について考える(その4)2個を3個にすることは容易か?(続き)

 

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Painting (Formerly Machine) (1916) Morton Livingston Schamberg

 

はじめに

 

 前回の記事では、進歩性に関して「スラスタを2個から3個に増やすことは容易か」というテーマで議論してみました。

 

 

masakazu-kobayashi.hatenablog.com

 

 前回の記事では、(引用文献の記載が異なる)3つの事例を検討していますが、敢えて本件発明の課題を考慮しませんでした

 

 その理由は、従来の審査実務では、進歩性の判断において、必ずしも、本件発明の課題を考慮してこなかったからです。

 

 しかし、平成21年の回路用接続部材事件判決あたり以降から、裁判所が本件発明の課題を考慮する傾向がみられます

 それを反映してか、審査実務においても、本件発明の課題と引用発明の課題の違いを「一応」考慮されることになりました。ただし、具体的にどのように考慮するかは必ずしも明らかではありません(上記の前回の記事で、最新の審査基準について少し丁寧に見ましたよね。)。

 

 すなわち、最新の審査基準では、引用発明同士(主引用発明と副引用発明)の組合せにおいて、引用発明同士の課題の共通性を動機付けの一要素としていることは従来と変わりはありませんが、本件発明と(各)引用発明との課題の違い(ないし共通性)については、どう考慮するかについての具体的な手法は確立されていないように思われます。単に、私が無理解なだけかもしれませんが・・・。

 

 いずれにしても、今回は、本件発明の課題も考慮して、前回の記事の「進歩性が否定されやすい例」について、もう一度、進歩性の検討をし直してみたいと思います。

 

事例の検討

 

<事例>

 「スラスタを2個有する移動体」を開示する引用文献に基づいて、「スラスタを3個有する移動体」の発明(本件発明)の進歩性を否定できるか?

 つまり、スラスタを2個から3個にすることは、当業者が容易になし得たものか

 

<引用文献の開示内容>

 ①「スラスタを2個有する移動体」が開示されている(スラスタ1個は従来技術)。

 ②「スラスタを増やすことで、より大きな推進力を得られる」旨の記載がある。

 →引用発明の認定:(より大きな推進力を得るべく)スラスタを2個にした移動体。

 

(1)本件発明の課題が、「(スラスタ3個により)大きな推進力を得ること」である場合

 

 この場合、本件発明の課題と、引用発明の課題は同じです。

 

 そうすると、前回と同じ論理で、スラスタを2個から3個に増やすことは容易(進歩性なし)とされ、結果は前回と変わりません。

 

(2)本件発明の課題が、「(スラスタ3個により)移動体の重量バランスを最適化したもの」である場合

 

 この場合、本件発明の課題と、引用発明の課題は異なることになります。

 

A 進歩性を肯定する考え方

 一つの考え方としては、本件発明の課題(重量バランス)と引用発明の課題(大きな推進力を得ること)との違いをもって、スラスタを2個から3個に増やすことは容易ではない(進歩性あり)との判断が考えられます。

 課題が違えば、進歩性ありという考え方です。

 本件発明の課題を考慮することにより、結論が変わってしまいました。

 

B 進歩性を否定する考え方

 一方で、クレームは「スラスタ3個有する」と規定されているのみであり、本件発明の課題(重量バランスの最適化)を実現した構成は、必ずしもクレームには反映されていないとみることもできます。クレームにおいて、例えば、「同じ重量のスラスタ3個を、移動体の中心が重心となるよう均等に配置する」等の限定があれば、課題が構成に反映されていますね。

 

 したがって、課題に対応した具体的な構成がクレームに反映されていない以上は、当該クレームでは、依然として進歩性なしとする考え方もありそうです。

 更に、このように考えた場合は、スラスタが3個という構成のみでは、直ちに、重量バランスの最適化という課題を解決できるわけではないので、サポート要件違反となる可能性もありそうです。

 

2つの考え方の違い

 2つの考え方の違いは、課題とクレームとの関係について、どのように考えるべきかという点に帰着するように思われます。

 

 Aの考え方は、いわば、課題というものを構成要件とは異なる新たな(別次元の)要素の一つと捉える下図のようなイメージだと思われます。

 

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課題と構成

 つまり、課題を、クレーム(構成)を貫くベクトルであると考え、本件発明の課題(青の矢印)と引用発明の課題(緑の矢印)との共通性(並行性)を要求している考え方ということになります。

 

 一方、Bの考え方は、あくまでも、課題に相当する構成を要求する(=課題に対応する構成は構成要件に必ず規定されているべきである)という考え方であり、課題は構成に必ず反映(=消化)されているはずなので、独立して課題(矢印)の違いを進歩性の判断に取り入れる必要はなく、結局のところ、従来の審査実務の考え方になると思われます。

 

 私見では、裁判例の考え方はAの考え方に近いのではないかと推察しています。

 

 つまり、「本件発明の課題と(主)引用発明の課題が(ある程度)共通していなければならない」という進歩性を否定するための要件を追加したとも見ることができます。

 

 言い換えれば、(主)引用発明の課題が、本件発明の課題に近いものから出発しないと、そもそも進歩性欠如にたどり着けないという意味において、主引例の選択の幅を狭めているとも言えそうです。

 

 前回の記事では、本件発明に至った経緯と、進歩性欠如のロジックとを「(異なる)山の登り方」にたとえましたね。

 

 ところで、確か、EPOでは、主引用例の適格性が問題となり得ますが、日本では、これまでさほど問題とされていないと思います(「主引用発明の選択が不適切」なんて拒絶理由は見かけませんね。)。

 しかし、本件発明の課題と(主)引用発明の課題の共通性を要求するとなると、(主)引用発明の適格性という新たな進歩性判断の要件が求められるとも言えそうです。

 

 審査実務では、本件発明の前提構成を主引用発明とし、本件発明の特徴部分を副引例で補うという進歩性欠如のロジックが(特に機械分野では)多く使われます。

 その場合、(特徴部分に関係する)本件発明の課題と、前提構成である主引用発明の課題は、通常は異なることになりますので、あまり、本件発明の課題と主引用発明の課題の共通性を厳格に要求し過ぎると、従来の審査実務で用いられてきた進歩性欠如のロジックの多くが崩れてしまう可能性があります。

 ですので、最新の審査基準も、進歩性に関する本件発明の課題の取り扱いについて曖昧にしているのだろうと思います。

 

 私見ですが、本件発明の課題と主引用発明の課題が、相反するような場合など極端に違う場合だけ、主引例としての適格性を失う(=たとえで言えば、山を反対から登ろうとするのは禁止)というあたりが落としどころなのではないかと思っています。

 

最後に

 

 今回は、この辺くらいにします。

 

 次回は、少しこれまでの議論をまとめることにしたいと思います。

 

 次々回以降は、「スラスタを1個から2個にすることに進歩性は認められるか?」(笑)について考えてみたいと思っています。

 その折には、なぜ、前回と今回の記事では敢えて「2個から3個に増やす」という事例にしたのかが判明するだろうと思います(笑)

 

 

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