はじめに
今回のテーマは、従属項(従属クレーム)です。具体的には、従属項の意義について説明したいと思います。
従属項については、以前に、下記の記事でも少し触れたのですが、自分なりに、少し体系的に整理したいと思います。
masakazu-kobayashi.hatenablog.com
従属項の内容について
まずは、いつもの鉛筆特許の具体例を挙げて、従属項がどういうものかを説明したいと思います。
【請求項1】 断面形状が多角形であることを特徴とする鉛筆。
【請求項2】 請求項1記載の鉛筆において、断面形状が正六角形であることを特徴とする鉛筆。
【請求項3】 請求項1記載の鉛筆において、その先端に消しゴムを設けたことを特徴とする鉛筆。
まず、【請求項1】は、独立項です。
【請求項2】は、「請求項1記載の鉛筆において」と【請求項1】を引用しており、これが従属項です。【請求項1】に係る発明の下位概念の発明です。正六角形は、多角形の概念に含まれますよね。
【請求項3】も、同様に、【請求項1】を引用した従属項で、【請求項1】に係る発明の下位概念の発明です。
【請求項3】に記載の、消しゴムを設けた(一体化した)鉛筆は、断面形状を工夫した発明とは別発明と言えますが、【請求項1】を引用しているため、権利範囲としては【請求項1】の中に含まれるという関係になります。
【請求項3】の権利範囲は、多角形断面で、かつ、その先端に消しゴムを有する鉛筆です。
ところで、発明の権利範囲については、円で表現すると、大変分かりやすいと思います。円が独占権の範囲(自分の敷地)という感じです。
そして、【請求項1】~【請求項3】の権利範囲の関係は、冒頭の図(ベン図)のような関係になります。
【請求項1】が最も広く、それを限定した(その下位概念)である【請求項2】、【請求項3】のそれぞれの権利範囲はその中に含まれることになります。
さて、ここで、素朴な疑問。
【請求項1】は、もっとも「広い」概念で、この範囲(薄緑の円)で特許権を取得しさえすれば、これに包含される【請求項2】(赤い円)や【請求項3】(薄青の円)のより狭い範囲を権利取得する必要はないのではないか、という疑問です。
言い換えると、「大は小を兼ねる」から従属項は不要ではないか、という疑問です。
でも、実は、必ずしもそうではありません。この点を含めて、次に、従属項の意義について説明したいと思います。
従属クレームの意義について
従属項の意義としては、大きく分けて、
(1)権利化段階における戦略的・防衛的意義
(2)権利化後における戦略的・防衛的意義
が挙げられます。
(1)権利化段階における戦略的・防衛的意義について
権利化段階における戦略的・防衛的意義については、以下の3つが挙げられます。
① 拒絶理由に対する事前対応
② 公知技術の情報取得・補正の戦略
③ 広い特許を取ったから安心というわけではない。
まず、「① 拒絶理由に対する事前対応」ですが、段階的に発明の内容を限定している従属項は、いわば、審査官に対する予めの妥協案の提示という意義があります。
独立項で「多角形断面の鉛筆について権利をください!」という一方で、その下に、妥協案としてのより限定した発明「正六角形」等を従属項で列挙しておき、「多角形がダメでも、六角形ではどうでしょうか? もっと狭い『正六角形』ではどうでしょうか?」といった具合に、審査官にお伺いと立てるイメージです。
そして、審査官からの最初の拒絶理由をみれば、どの従属項まで権利範囲を絞れば、特許査定になり得るかを知ることができます(全部ダメって場合もありますけどね。)。
これが、仮に、独立項(多角形断面)だけしか記載していないと、1つの正方形断面に関する先行技術文献だけを引用されて拒絶理由通知を受けた際に、正六角形断面に限定補正したら特許になるかどうか、審査官の心証は必ずしも見えてきません。ですので、次のアクションで、多角形を正六角形に補正しても、拒絶査定をされてしまうおそれがあります。
事前に下位概念を段階的に従属項で規定し、審査官に示しておいた方が、特許され得る発明の範囲がある程度見えてきます。
次に、「② 公知技術の情報取得・補正の戦略」ですが、審査官としては、従属項で下位概念が規定されていると、(単一性に問題がない限り、)全請求項に対して、それらに最も近い先行技術文献を調査し、提示してくれます。
大企業だと予めお金をかけて先行技術文献をした上で出願することも多いですが、必ずしもそのような余裕がない場合だと、審査官になるべく網羅的に先行技術文献をしてもらいたいですよね。そういう意味で、従属項を書く意義があります。
従属項に対応したより多くの先行技術文献を列挙してもらうことで、これらを全て回避した上で(「つぶれにくい特許」)、最も広い範囲で特許を取る(「広い特許」)ための戦略を立てることができます。
仮に、これが独立項だけしかないと、正方形断面の鉛筆に関する先行技術文献1つだけを提示されてしまい、正方形断面については権利が取れないことは分かりますが、それ以上に、最大でどの範囲まで権利を取得できるのか(正六角形だったら権利がとれるの?)が見えてきません。
最後に、「③ 広い特許を取ったから安心というわけではない」という点ですが、これは先の疑問への回答です。まず、以下の図を見てください。
仮に、独立項で記載した「 多角形断面の鉛筆」(薄緑の円の範囲)で権利がとれたとします。そうすると、薄緑の円の範囲は、出願日から20年間、あなたの独占権の範囲かといえば、答えはYesです。
しかし、後で、他人が、多角形断面をより限定した「六角形断面の鉛筆(赤い円)で特許権を取得することは、実は可能な場合があります。
あなたの「多角形断面の鉛筆」については、従来、円形断面の鉛筆しかなく、新規性・進歩性があるとして、特許査定となったとします。
しかしその後、他人が、六角形断面の鉛筆について出願し、①仮に、あなたの明細書の中に、六角形断面の鉛筆について具体的な言及がなく、かつ、②審査官が六角形に限定したことに特許性を見出した(たとえば、転がり落ちないというあなたの特許発明の効果に加え、更に、六角形断面によるグリップの最適化という効果があり、進歩性ありと見た)場合には、特許査定になり得ます。
その場合、権利関係としては、六角形断面の鉛筆(赤い円)については、たとえあなたが多角形断面の鉛筆の特許権を持っていたとしても、この他人から許諾を得ないと、製造・販売ができません。
逆に、後から六角形鉛筆で権利をとった他人も、自らが六角形断面について権利を取得したからといって、自由に製造・販売ができるわけではなく、あなたから許諾を得なければなりません。あくまでも、赤い円は、薄緑の円の範囲内にありますからね。
つまり、双方互いに実施許諾(ライセンス)をしないと、双方とも製造・販売ができないということ関係になります。
ちなみに、あなたの権利が虫食いになるわけではありませんので、そこはご注意ください。あくまでも、薄緑の円全体があなたの権利です。しかし、赤い円の部分は、他人からライセンスをもらわないと実施できなくなるというにとどまります。
仮に、(自分でも他人でもない)第三者が、赤い円の部分(六角形断面の鉛筆)について、無断で製造・販売した場合には、あなたも、そして、別の人も、この第三者に対して、それぞれの特許権を行使することができます。
このような自分と他人との関係は、典型的には、あなたの会社が権利取得した基本発明について、ライバル会社に利用発明で権利をとるという事態が典型です。あなたの会社は、ライバルの許諾なく、ライバル会社の利用発明を、実施できなくなってしまいます。
ですので、従属項によって、あなたの最初の発明である多角形断面(薄緑の円)の権利の範囲内にある、下位概念の発明である正六角形断面(赤い円)についても重層的に権利取得しておく必要があるのです。
たとえば、あなたが電気自動車の基本原理について特許を得たからといって、それを利用した様々な改良発明について、全てあなただけが自由に製造・販売できるわけではないのです。ライバル会社に、改良発明をとられてしまうと、その改良発明を実施するには、互いに、ライセンス契約を結ぶ必要が出てくるのです。
説明がくどいですね、すいません。
そういった意味でも、従属項により、下位概念(具体的な改良発明)でも、権利取得をしておくほうがよいのです。
(2)権利化後における戦略的・防衛的意義について
前半が少し長くなってしまいましたので、後半の権利化後の意義については、ごく簡単に説明します。
従属項の権利化後の意義としては、
① 多様な権利行使を可能にする
② つぶれにくい特許の実現
③ 交渉における優位性
が挙げられます。
まず、「① 多様な権利行使を可能にする」という点についてですが、様々なレベル・観点の従属項を揃えたおいた方が、相手方への権利行使の際に、ベストな請求項で権利行使ができます。
要するに、「武器は、色々あった方がよい。」ということです。
次に、「② つぶれにくい特許の実現」に関しては、たとえば、ある請求項(独立項)に対し、相手方から、独立項に係る発明について特許が無効であるという主張がなされる可能性がありますが、その場合でも、より下位概念の従属項に無効理由がなければ、それで権利行使ができますよね。
特許無効審判を申し立てられても、従属項に限定する訂正は、割と簡単です。
このように、「使えない武器があっても、別の武器が使える。」という意味で、従属項があることは、戦略的に有利です。
最後に、「③ 交渉における優位性」という点ですが、特許紛争においては、
A「おれは、おまえが実施している製品について、こんだけ特許権持っているんだ。」
B「おれも、おまえが実施している製品について、こんだけ特許権持っているんだ。」
として、互いに、特許権という武器の数と強さを見せあい、結局、どちらがどちらにいくら払うか(互いにゼロという場合もありますね。)を決めて、クロスライセンス契約して、紛争を収めるということがあります。
本当に、カードゲーム見たいなところがあります。
その際、「武器(カード)の数」というのは、相手の製品に充てられる特許権の数ですが、各特許権における各請求項も、相手の製品に権利行使できるか否かという点では「カードの数」に寄与します。
ちなみに、「武器(カード)の強さ」というのは、①相手方の製品が特許発明の技術的範囲に含まれていると言えること(充足性)の議論の強さ、②特許が無効でないことをどれだけ強く言えるか(有効性)の議論の強さ、ということです。
まとめ
以上のように、従属項には、
① 権利化段階で、より「強い特許」をとるために戦略的に活用できるという意義、
② 権利化段階で、独立項で広い範囲だけ特許権をとるのではなく、その下位概念でも特許を取っておくことで、後に、他人に下位概念の権利を取られてしまうことを防ぐという意義、
② 権利化後に、権利行使において、特許権という武器(カード)の数と強さに寄与するという意義、
があります。