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特許入門10(発明を言葉で表現することの難しさ2)

前回の内容

 

前回の下記記事では、ドラゴンクエストのスライム(の立体形状)について、これを流体中に置かれる「弁」ないし「撹拌機」の立体形状だと仮定し、この立体形状をクレームとして表現することの難しさについて説明しました。

 

store.jp.square-enix.com

 

masakazu-kobayashi.hatenablog.com

 

前回は、このスライムの形状を、クレーム中において、

 

(1)「スライム形状」

(2)「雫の形状」「泡の形状」、「栗の形状」

(3)「楕円体と、該楕円体の上部において該楕円体から連続的に外側に延びる円錐体からなる形状」

 

と表現した場合の問題点などを考えてみました。

今日は、その続きです。

 

(4)数式での表現

 

スライムの立体形状を表現するクレームの記載として次に考えられるのが、数式、及び、数値限定による形状の特定です。

 

前回の記事で、欲しい権利範囲は、(実物を特許庁に持参するではなく)クレームとして言葉で表現しなければならないと説明しました。

しかし、日本語(言葉)だけでなく、数式数値限定も使うことができます。

 

たとえば、新規の化合物の発明について、その成分を特定したりするのためには、数値による限定を用いるのは不可欠ですよね。また、パラメータ同士の関係性を規定する発明もあります(パラメータ特許といったします)。

これらについては、また、別の機会に記事にしたいと思います。

 

スライムの形状を数式と数値限定で特定するとすると、例えば、スライムの下部形状(楕円体形状)ですと、

 

{\frac  {x^{2}}{a^{2}}}+{\frac  {y^{2}}{b^{2}}}+{\frac  {z^{2}}{c^{2}}}=1

 

で、a, b, c (各軸方向の径の半分の長さ)の値を特定することで、このスライムの下部形状を厳密に特定できるかもしれません。

 

しかし、a, b, c の値を1つに特定してしまうと、たった1つの大きさの、たった1つの形状の楕円体のみを表現することになり、特許権の権利範囲としては、「点」(非常の狭い権利)になってしまい、広がりのある権利になりません。

 

そこで、スライムの大きさはさておき、まず、スライム下部形状を特定するには、a, b, cの関係性を特定すればよさそうです。たとえば、a=b, c=2aといった具合です。

 

更に、スライム下部形状の大きさは、aの範囲を特定すればよさそうです(上記関係式により、b, cも特定されます。)。たとえば、「0<a<10」といった具合です。

 

円錐体も同様に、数式は複雑にはなりますが、このスライムの上部形状を表現することはできそうです。

 

少し、本筋から離れてしまいましたが、このように、数式やパラメータやパラメータの数値範囲を特定することで、前回説明した「栗の形状」と比べると、より厳密にこのスライムの形状に近いものを表現できそうです

 

しかし、(また、ケチをつけてしまいますが、)楕円体から円錐体へなめらかに移行する曲線部分や、丸まった先端部分を厳密には表現できていないですね。

 

もちろん、恐ろしく複雑な式で、厳密な形状を特定できるかもしれませんが。

 

さて、ここで、(諦めるわけではないのですが)そもそも形状の厳密な特定が本当に必要なのか、という点に立ち返る必要があります。

 

ここで、ちょっと休憩(余談)。

 

意匠権による形状の保護の可能性

 

ちょっと、横道にそれて、このスライム形状のように、形状については、(特許権に加えて)意匠権で保護を受けることも検討する余地があります

 

たとえば、下記のダイソンの扇風機(送風機)。

 

f:id:masakazu_kobayashi:20200617214716p:plain

意匠1376284

 

ちなみに、下記のJ-Platpat特許情報プラットフォーム)の簡易検索で、意匠をポチッと押した上で、「ダイソン 送風機」で検索すると、出てきます

 

www.j-platpat.inpit.go.jp

 

J-Platpatは使い方は、簡単だし、無料だし、特許権実用新案権意匠権、おまけに、商標権まで検索できるので、非常に良いツールです。是非使ってみてください。

 

ただ、意匠権の問題として、意匠の権利範囲(類似するとして権利侵害とされる範囲)は、実は結構狭かったりします。

 

たとえば、(同じ技術を用いて)ダイソンのような「円形」の送風機ではなく、「楕円形状」にしたり、「貝殻形状」にしたり、「ハート形状」にしたら、とたんに、類似範囲(ダイソンの意匠権の権利範囲)から外れてしまい、そのような製品に意匠権では、権利行使が、難しくなるかもしれません。

 

まぁ、意匠の類似範囲は、先行意匠との関係で決まるところがありますので、一概には言えませんが。

 

ですので、意匠権での権利取得もよいのですが、併せて、(送風機の技術的観点から)特許権も取得しておく必要がありそうです。ダイソンは、おそらく、特許権もたくさん持っていると思われます。

 

本題に戻って、スライム形状も、「流体弁」ないし「撹拌機」の意匠として、意匠権を取得することができるかもしれません。

 

なお、意匠権も、特許権と同様、新規性、進歩性等の登録要件があります。一応、知財全般が専門なので、特許関係のネタが切れてしまったら、(ブログのタイトルからは外れますが、)もしかしたら、意匠や商標も記事にしたいと思います。

 

技術思想の追求

 

話を戻しまして、前回から今回まで、スライムの立体形状の様々なクレームの記載(形状の特定)を試みてきましたが、そもそも、形状を厳密に記載(特定)する必要はないかもしれません

 

これまでの内容をひっくり返すようで、すいません。正直なところは、クレームの記載のバラエティを説明したかったというのもあります。

 

厳密に形状を記載(特定)してしまうと、特許権の権利範囲としては、「点」とはいかないまでも、非常に狭くなってしまい、「広い」特許をとるという方向性に反してしまいます。

 

そこで、立体形状に特徴がある発明も、その技術思想がどのようなものであるかを追求することで、無用な権利範囲の限定を防ぐことができます。

 

たとえば、仮に、このスライムの形状が流体中の攪拌作用を向上させるもので、攪拌作用を向上させているのが、スライムの形状の先端部分の形状のみであるとしたら、その先端部分の形状のみを特定すれば、クレームとしては必要十分なのです

逆に、余計な他の部分を特定すると、権利としては狭くなってしまいますね。

 

発明者は、「こんな良いものできた!」と言って、発明品(実物や設計図)を弁理士のところにもってきて説明します。

 

でも、クレームを書く者(たとえば、弁理士知財部の方)は、その発明品の技術思想(本質)を適切に捉え、その技術的意義のある部分のみに着目して、不必要な構成をそぎ落とし、その本質部分だけをクレームとして記載し、「広い」特許をとろうとするわけです

 

特許入門2~8で説明した鉛筆特許でいえば、転がり落ちない本質は、(曲線ではなく)平坦にあり、したがって、(六角形ではなく)本質を捉えた「平坦部」というクレームを【請求項1】にもってきて、「広い」特許をとることを狙ってみたのです。

 

これに対し、審査官からは、「『平坦部を有する鉛筆』というのは、特許権をあげるには広すぎるよ。」と拒絶理由をもらうかもしれません。

その場合は、たとえば、「平坦部」に、機能的形容句である「転がり落ちない」を付けるなど工夫するわけです。

 

審査官の調査結果や現時点の心証を理解した上で、先行文献を回避しつつも、将来他社が製造するであろう鉛筆を権利範囲に収める、すなわち、「つぶれにくく」、「回避が困難」な特許で、かつ、なるべく「広い」特許を、ギリギリのところで狙っていくのです。

 

クレームを考えるというのは、このように、すごく面白い作業です。

 

私は、弁理士でもあり、また、特許弁護士として、紛争事案でのクレーム解釈や訂正クレーム案などをたくさんやっていることもありますので、若い先生方には、

 

「我々は、言葉遊びで飯を食うんだ。」 

 

とよく言ったりします。

 

しかし、まぁ、このご時世、いつまで、言葉遊びで飯が食えるかわかりませんが。