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仮想刑事事件(不倫罪)第2話

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Dancing Couple In The Snow (Reverse)(1928-1929)

Ernst Ludwig Kirchner (German, 1880-1938)

前回までのあらすじ 

 

前回から、既婚者による不倫(不貞行為)が、刑法上の犯罪行為になってしまったという世界を想像し、仮想刑事事件の話を始めてみました。

 

masakazu-kobayashi.hatenablog.com

 

なお、ここでの登場人物や機関は、実在のそれらとは一切関係がありません。

 

お笑い芸人であるワタナベ・カンさんが、成立したばかりの不倫罪で逮捕・勾留され、弁護士である私は、勾留決定当日の夜、ワタナベさんが勾留されている湾岸警察署へ接見に向かいました。私は、今後の手続きの流れや、黙秘権等の権利を一通り説明をした後、ワタナベさんに事件の真相を聞きました。

 

「これから、事件のことを詳しく聞いていきますね。」

 

- まず、勾留状にある被疑事実をワタナベさんに読み聞かせた。

 

「要するに、ワタナベさんは、ササザキ・コノミさんという奥様がいるのに、この5名の女性と関係を持ったということが被疑事実として書かれています。」

「この5名の女性A、B、C、D、Eさんはいずれもご存じの方ですか? 5名と関係を持った日時、場所も書かれています。被疑事実で何か間違っている点はありますか?

 

ワタナベ

「3名の女性A、B、Cさんは確かに名前も知っており、関係を持ちました。日時・場所は正確には覚えていませんが、おそらく間違いないと思います。D、Eの2名の女性は名前を聞いても知りませんが、日時や場所を見る限り、身に覚えがあります。」

 

「なるほど。5人とも心当たりがあると。」

 

ワタナベ

「実は、私が関係を持った女性は、実は、全部で10名くらいです。でも、下の名前しか知らない女性もいます。本名かどうかもわかりませんが・・・。」

 

私(独り言)

【10名かぁ、大変だなぁ。余罪も含め10件ということか・・・。】

 

「約10名ですか。そうすると、被疑事実のD、Eの女性についてはフルネームに見覚えはないけれど、関係を持った可能性があるということですね。その他に、捜査機関に発覚していない5名も・・・。」

 

ワタナベ

「そっ、そうです。D、Eさんは苗字は知らないけど、名前は知っているあるので、多分、関係をもったことに間違いなさそうです。お恥ずかしい話ですいません。」

 

「いいんです。あっ、そうだ。忘れてました。念のため、それらの女性かちと関係を持ったというのは、(不倫罪が施行された)令和3年1月1日以降ということですか。」

 

ワタナベ

「はい。」

 

「それと、言い忘れてしまいましたが、私は弁護士としての守秘義務がありますので、本日お話し頂いたことは、ワタナベさんの許可なく、他人に口外することはありません。ご安心ください。マスコミに逐一しゃべるなんてことも絶対にありません。」

 

ワタナベ

「はい。安心しました。」

 

「後の5名について今後発覚するかどうかは、今後の捜査次第なので分かりません。」

「相手の正確な特定の問題もありますが、基本的には被疑事実を認める前提で、弁護活動を考えてみます。今、一番大事なのは、①一刻も早く釈放されるようにすること、そして、②起訴されないこと、つまり、裁判にならないようにすることです。」

「今後、警察・検察の取調べが始まりますが、間違いない事実であれば認めてもかまいませんが、そうでなければ、はっきりと『違います。』、『分かりません。』と答えてください。事実と異なる調書をまかれたら、指印は拒否してください。取調べが辛くなったら、黙ってしまっても大丈夫です。先に申し上げたように、ワタナベさんには黙秘権がありますから。取調べが執拗だったり、怖かったりしたら、『弁護人を呼んでください。』と接見希望を出してください。取調べが辛ければ、体調が悪いふりをしても構いません。」

※調書をまく=調書を作成される

※指印=印鑑の代わりに、指にインクを付けて、調書等に押印すること。

 

ワタナベ

「わかりました。よろしくお願いします。早くここから出たいです。10日で出られるでしょうか。でも、外へ出ても地獄でしょうね。外にはマスコミ・・・。私の人生はもう終わりでしょうか・・・。」

 

「弁護士倫理の問題として、10日で釈放されるという保証はできません。でも、今回の勾留については不服申し立てをし、また、ダメでも10日以上延長されないよう最善を尽くします。」

「人生が終わりだなんて、そんなことはありません。確かに、ワタナベさんのこれまでの人生が順風満帆の100点だとすれば、今はゼロ、いやマイナスです。しかし、これから、また、復活できますよ。そもそも、犯罪をしてしまった方が復活できる世の中でなければならないはずです。」

 

ワタナベ

「無理ですよ。私はもうお茶の間には戻れない・・・。」

 

「いいですか。私は、ただの弁護士なので、芸能界のことはよく知りません。確かに、有名人ですから、今後も、ずっとこのことを言われ続けるかもしれません。しかし、あなたは、お笑い芸人として実力や努力があってここまでの地位にのし上がったはずです。また、のし上がればいいじゃないですか。今はゼロというかマイナスかもしれません。しかし、また、そこから一歩ずつ上がっていきましょう。」

「あなたの芸能事務所の社長さんは、あなたを心配して、私を派遣してくれた。社長さんは、できる限り協力してくれるそうです。本来であれば、あなたの仕事のキャンセルで莫大な損害を被っているはずです。でも、力を貸してくれるそうです。私が、しっかり交渉しますから。」

「それから、あなたの相方のオダジマさん。ニュースによれば、あなたのことを、ラジオで泣きながら非難していました。でも、『一からやり直せ。』とおっしゃっていたそうです。あなたを決して見捨てていないはずです。10年以上も一緒にコントやってきたんでしょ。」

「事務所の社長も、相方との関係もこのまま維持できれば、復活する土台がある。他にもあなたを助けてくれる芸能界の先輩・友人はいるはずです。テレビに復帰できなくとも、今は、You Tuberで復活している芸人もいるじゃないですか。最近は、あのマツトモさんも、間違いを犯してしまった芸能人たちを暗黙のうちに年末に復活させるべく自分の番組に呼んだりしているじゃないですか。頑張りましょう。もちろん、私も全面的に支援します。ワタナベさんが勾留されている間、私が、他の方といろいろと調整しますし。」

 

ワタナベ

「そうですね。ありがとうございます。もう1回やり直せるといいのですが・・・。」

 

「あと、問題は、奥様のササザキさんですね。人気の女優さんですよね。」

 

ワタナベ

「はい。妻には申し訳ないことをしました。妻も大変なことになっていると思います。」

 

「報道では、まだよくわかりません。奥様との今後ですが、可能性としては、奥様はどう出てくると思われますか。」

 

ワタナベ

「『離婚する!』と、言われるかもしれません。正直、分かりません。真摯に謝ればもしかしたら許してくれるかも・・・。」

 

私(独り言)

【あー、離婚の話になったら、嫌だなぁ。刑事事件はともかく、離婚事件はできれば受任したくないなぁ。】

 

「奥様は女優さんですので、このような状況で、代理人(弁護士)がつく可能性があります。」

「本件は、不倫罪ということで、何とも厄介な罪なのですが、奥様が直接的な『被害者』という位置づけでもないのです。痴漢のように個人の権利を侵害したというのとは性質が違い、不倫罪の規定による限り、不貞行為により社会秩序を乱したとかそういう点を非難する位置づけの罪のようです。」

「ただ、奥様との婚姻関係を維持し、場合によっては、奥様から嘆願書を頂ければ、ワタナベさんの情状にとって有利となることも確かです。」

 

ワタナベ

「色々とすいません。妻とは離婚したくありません。許してもらえるよう、よろしくお願いします。でも、こんな大変になるなんて・・・。なんでバレたのか。」

 

「5名の女性と関係で、何かトラブルとか、こじれたりというのはありましたか。」

 

ワタナベ

「私は、そう感じませんでした。でも、相手は都合よく使われて、よく思っていなかったかもしれません。」

 

「そのうちの誰かがマスコミにリークしたり、あるいは、マスコミ自身が嗅ぎつけたり、マスコミと捜査機関との関係もありますし、今回は、不倫罪成立後のいわば「見せしめ」のような事件かもしれません。言い方が正しいかどうかわかりませんが、運が悪かったというか・・・。でも、今や既婚者の不倫は犯罪ですから。不倫は、もはや倫理上の問題に留まりませんし、ましてや、「不倫は文化」でもありません。」

 

ワタナベ

「まさか、私がこんなことになるなんて・・・。」

 

「これは、決して興味本位で聞くわけではありませんが、今年に入ってから、被疑事実の5名の女性を含む、10名もの女性と関係を持ったというのは、えーっと、何というのでしょうか、そういう嗜好というか、お強いというか。きっかけは、どうなんでしょう。」

※動機を聞こうとしている。

 

ワタナベ

「仕事のストレスの発散です。一時に全て忘れられるというか。また、仕事の後とかで、無性にイライラしたりして、つい、誰か女性にラインし、会ってしまいます。誰でもいい、会ってくれるなら、という気持ちになることもあります。病気でしょうか。」

 

「なるほど。聞いてよかったです。私の経験上、社長さんとか芸能人とか、成功者にはすごくタフな遊び人タイプが多いのです。ワタナベさんもそういうタイプかと思っていました。でも、私は医師ではありませんが、お話を聞く限り、依存症の可能性がありますね。あの、ゴルフ選手のタイガー・キッズがそうだったようですね。ご存じですか。」

 

ワタナベ

「そうかもしれませんね。依存症・・・。言われてみればそうかもしれません。」

 

薬物や、複数の女性と関係を持つこと、また万引きなど、世の中には依存性が高く、抜け出せないものがあります。たとえば薬物は特に依存度が高く、何度も捕まっている芸能人もいますよね。カウンセリングや、場合によっては治療が必要な場合があります。」

「私としては、ワタナベさんがそういった依存症である可能性も含め、将来的な医師による治療や診断書の入手可能性も検討します。これも、仮に裁判になってしまった場合に、ワタナベさんにとって有利な情状になり得ます。」

「ただの女好き・女性を軽視する者という現時点での世間のイメージを払しょくするには、依存症つまり病気であるという方が、ワタナベさんの芸能界への復帰の面でも、ベターではないかとも思うのです。」

 

ワタナベ

「マスコミはあることないこと、ひどいこと報道してるでしょうね。」

「私は一歩間違えば、仕事のストレスで薬物に手を出していたかもしれませんね。いや、いずれにしても一歩どころじゃなく間違いを犯してしまった。私の場合、たくさんの女性と関係を持ってしまったという罪です。これも罪なのですね。不倫罪ですか。結婚していなければ、罪にはならないのですよね。確かに、自分でも、倫理的にはひどい行動だと思います。しかし、本当にこれが逮捕までされるような犯罪なんでしょうか。」

 

「マスコミのことは今は気にしないようにしましょう。」

「んー、難しいご質問ですね。『ネット上の上辺の世論に忖度した結果』として不倫罪が誕生し、今年の令和3年1月から施行されました。刑法に規定がある以上、今は、これが犯罪であると言わざるを得ません。おっしゃりたいことはわかります。不倫罪が憲法に反し、違憲無効であるという主張も検討する必要があります。成立以前は、そういう議論も学者から盛んになされていましたし。」

 

ワタナベ

「でも、そんな主張したら、ますます、マスコミから叩かれそうですね。反省してないって。」

 

「その点は戦略的には難しいところです。犯罪事実は認めた上で、でも不倫罪って違憲でしょって主張することは、理論的にはもちろん可能です。でも、マスコミが報道すると、ワタナベさんの印象が悪くなる可能性も否定できません。あなたが有名人である以上、世論のこともある程度は気にしなくてはいけません。しかし、それは、裁判になってから考えましょう。」

「とりあえず、今の勾留に対して、不服申立てをします。準抗告です。それが蹴られたら、最高裁特別抗告します京アニ事件と同様です。勾留理由開示まではどうしましょう。今、ワタナベさんが勾留されている理由は、『罪証隠滅のおそれ』と『逃亡のおそれ』です。このような罪証隠滅とか逃亡とかのそおれの具体的可能性がないことを示すべく、ワタナベさんとしては、担当検察官向けの『反省文』、奥様への『謝罪文』を書いてください。不服申立てがダメでも、10日以上、延長されないよう担当検察官と交渉します。」

 

「『反省文』には、

①今回の件について反省していること、

②二度とこのような不貞行為をしないこと、

③5名の女性にも(一応)謝罪の言葉を述べ、彼女たちとの関係を断ち、今後一切近づかないこと、

④自分は依存症であると思っており、病院で治療を受けたいこと、

⑤釈放されても、捜査機関に全面的に協力すること、

という点を含め、自分の言葉でしっかり、反省を表現しください。原案ができたら、私が確認します。」

 

「奥様への謝罪文もお願いします。私が、奥様へ渡せるよう努力します。」

 

こうして、私の弁護活動としては、準抗告に加え、検察官への意見書の作成で、そのための準備として、

 

(1)ワタナベさんの反省文の確認と、検察官への提出。

(2)ワタナベさんの奥様への謝罪文の確認と、奥様への提出。

   できれば、奥。様から嘆願書を頂く。 

   ※ただし、奥様の代理人弁護士との交渉になる可能性が高い。

(3)(将来的に)依存症について、診断書をもらうための準備。

(4)渡辺さんの事務所の社長さん、相方のオダジマさんからの嘆願書の取得。

 

また、5名の女性が正確には特定されていないので、検察官に確認する必要あり。

 

まずは、勾留決定に対する準抗告。これは、証拠が集まらなくとも、できる限り早く対応。

来週の金曜日が、10日の満期なので、水曜日までにできる限りの上記証拠(反省文等)をあつめて意見書を検察官に提出することを目標に、活動をしてくことになりました。

 

「ところで、報酬ですが、・・・。全ての活動について、勾留満期までで、着手金〇〇〇万円、成功報酬〇〇〇円で大丈夫ですか。普通の事件とは違い、対応しなければならないことも多いですので。」

 

ワタナベ

「わかりました。大丈夫です。よろしくお願いします。」

 

「委任状差入れます。署名・指印してください。あと、弁護人選任届も。それらを後で宅下げします。」

※差入れ=弁護人から被疑者へ

※宅下げ=被疑者→弁護人へ

 

私(独り言)

「あーっ、めちゃくちゃ大変だ。どうしよう。とりあえず、事務所戻って片っ端からやらないと・・・。あーっ、土日なしだな。」

「しかし、不倫罪って、住居侵入と同じ3年以下の懲役でしょ。こんなんで勾留(身柄拘束)までするかね。やっぱ、見せしめかも。そうすると、結構厄介かもなぁ。」

 

(続く)