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特許入門9(発明を言葉で表現することの難しさ1)

はじめに

 

特許権を取得するためには、発明を、特許請求の範囲という書面において、日本語等で記載し、他の書類とともに、特許庁に出願する必要があります。

つまり、クレームで、欲しい権利範囲を、日本語で「うまく」表現する必要があるのです

 

発明品(実物)を実際に特許庁に持参し、それについて権利を与えられるわけではありません。

 

これまでの記事(特許入門2~8)で色々とご説明してきた鉛筆特許については、「強い」特許をめざすため、「広く」「つぶれないように」「回避困難なように」「立証容易なように」書きましょうという趣旨でご説明してきました。

 

もっとも、鉛筆特許は、言葉で表現すること自体はそれほど難しくありませんでしたね。

 

ところが、発明(技術)によっては、言葉で表現するというのは、案外難しいものです

 

今回は、このテーマでクレームの表現の難しさをご説明したいと思います。

そういうこともあって、弁理士さんという仕事があるのですね。

 

発明を言葉で表現することの難しさ

 

具体例として、以下のものを挙げてみたいと思います。

 

store.jp.square-enix.com

 

皆さん、ご存じのドラゴンクエストに必ず登場するスライムです。

 

何らかの発明において、このスライムの立体形状自体に、特徴があった場合を想定します

適切な具体例は思いつきませんが、たとえば、何らかの技術的意義(流体力学的な良い作用)がある、流路中に設けられる調整弁や、撹拌機の先端の形状だとします。

あくまでも、私が適当に考えた仮想事例です。

 

さて、皆さんは、このようなスライムの立体形状を、日本語でどのように表現しますか?

 

(1)「スライム形状」

 

一番始めに思いつくのは、(そのまんまですが、)(1)「スライム形状」と記載することです。

  

というのは、私も含め、ドラゴンクエスト世代は、「スライムといえば、この形状!」という共通認識があるように思います(多分)

皆さんに、「スライムを描いてください!」といえば、9割方、上記のような絵を描くのではないでしょうか。もちろん、はぐれメタルやら、ちょっと形状の違うものもありますが。

 

しかし、これは、特許法における当業者(=当該技術分野に属する通常の知識を有する者)の共通認識ではありません。

 

「スライム」という言葉の意味(意義)は、三省堂大辞林(第三版)を見ますと、

 

スライム 【slime】

① 鉱石・石炭などの微粒子が水と混合して軟泥状になったもの。また,そのようなもの。
② 粘性の高い半固形の物質。幼児の玩具や,小中学校の理科の実験などで使う。

とされており、形状が明確に特定されているわけではないことがわかります

 

ja.wikipedia.org

 

そういえば、小学校のときに、上のような「スライム」で遊んだことを思い出しました。確かに形状は特定されてませんね。

 

したがって、「スライム形状」というクレームの表現は、おそらく、記載要件違反(特許法36条6項2号発明が不明確)で、拒絶理由が通知されるのではないかと思われます

 

(2)既存の物の形状で表現する

 

そこで、次に、このスライムの形状を、既存の物の形状で表現するということが考えられます

 

 たとえば、

 

① 「(しずく)の形状」

② 「の形状」

③ 「の形状」

 

といった候補が考えられそうです。

 

しかし、①水が滴り落ちる際の「雫」の形状は、もう少し細長いものでしょう。下の部分も楕円体にはなっていません。

 

また、②「泡」というのは、シャンプーのCMとかで視覚的に表現される手のひら上の泡は、このスライムのように、先端を尖らせて素敵に見せたりしますが、「泡」は必ずしも、このような形状をとるわけではありません。

 

③「栗」というのは、このスライムの形と似ていますが、厳密には、栗は、このスライムほど、先端が大きくは尖っていませんね。

 

既存の物の形状を用いても、このスライムの形状を正確に特定することは、難しいかもしれません。

 

(3)一般的な形状で表現する

 

そこで、一般的な形状の組み合わせで表現する、すなわち、

 

【請求項1】 「楕円体と、該楕円体の上部において該楕円体から連続的に外側に延びる円錐体からなる形状」

 

と表現するのは如何でしょうか。

 

クレームの書き方が、ちょっと、本物のクレームっぽい感じにはなっています。

しかし、円錐体部分の尖り(出っ張り)の程度や、円錐の頂点の丸み、円錐体と楕円体とが滑らかに連続する箇所の形状など、やはり、正確には表現できてはいません。

 

まとめ(次回に続く)

 

このように、皆さまが周知のスライムの形状も、実際に、クレーム(言葉)で表現するのは、案外難しいです。

 

次回は、他の試みとして、数式による表現、意匠権での保護の可能性、そして、形状が問題となる発明の実際の例、更に、「そもそも、形状を正確に(厳格に)クレームで表現する必要があるのか?」という点について、説明したいと思います。