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特許入門7(鉛筆特許のクレームの検討1)

クレームの構築(前回)

 

 前回、下記の記事では、六角形断面の鉛筆の仮想事例について、クレームの構築を試みました。

 

masakazu-kobayashi.hatenablog.com

 

 

<仮想事例>

従来、世の中には、円形断面の鉛筆しかなかった。

しかし、机から転がり落ちるという不便さがあった。

そこで、発明者は、六角形断面の鉛筆を思いついた。

 

<検討したクレーム案>

技術思想を追及した結果としての「広い」クレームとして

 

【請求項1】 表面に平坦面を有することを特徴とする筆記用具。

 

上位概念化の作業の結果としての「広い」クレーム、及び、これらの従属項として

 

【請求項1】 断面が多角形であることを特徴とする筆記用具。

【請求項2】 請求項2において、断面が三角形であることを特徴とする筆記用具。

【請求項4】 請求項2において、断面が四角形であることを特徴とする筆記用具。

【請求項5】 請求項2において、断面が五角形であることを特徴とする筆記用具。

【請求項6】 請求項2において、断面が六角形であることを特徴とする筆記用具。

 

今回は、「【請求項1】 表面に平坦面を有することを特徴とする筆記用具。」について少し検討したい(ケチをつけてみたい)と思います。

 

クレームの検討(平坦面を有する筆記用具)

 

従来、円形断面の鉛筆しか世の中に存在しなかったが、机から転がり落ちやすいという問題(課題)があって、これを解決する手段として、発明者が六角形の断面の鉛筆を思いつきました。

 

しかし、転がり落ちないようにする鉛筆の形状を工夫するという技術思想からは、構造的には、(円形のように曲面ではなく、その一部にでもある程度の)平坦面を有していれば、転がり落ちないようにすることができます。

 

そこで、取得する権利範囲としては、「断面が六角形」よりはるかに広い「表面に平坦面を有する」というクレームを考えみました。

 

【請求項1】 表面に平坦面を有することを特徴とする筆記用具。

 

しかし、(審査段階での)審査官や、(登録後に)特許無効を主張する第三者は、このクレームに対しては、以下2点を指摘してくるかもしれません。

 

(1)記載要件違反(サポート要件、特許法36条6項1号

平坦面を有していれば、どんな平坦面でも転がり落ちないという効果を奏するわけではなく、たとえば、狭くて小さい平坦面では転がり落ちないという効果を奏しないのではないか?という記載要件違反(たとえばサポート要件など)を指摘するかもしれません。

 

(2)新規性・進歩性の欠如(特許法29条1項、2項

円形断面の鉛筆の表面に、名前を書くために、少しだけ平坦に削った鉛筆(やそれが掲載された雑誌などの文献)などを見つけ出してきて、新規性・進歩性がないと言われるかもしれません。

 

クレームの補正案

 

このような①記載要件違反を解消し、②先行技術(文献)を回避するためのクレームの補正案として、たとえば、

 

【請求項1’】 表面に転がり止めのための平坦面を有することを特徴とする筆記用具。

 

というように、平坦面(構造の特定)に、機能的な形容句を付けるという補正が考えられます。

 

平坦面を有する鉛筆の全てをクレームする(=権利範囲として要求する)のではなく、(限定的に、)転がり止めの機能を有する程度の「平坦面」をクレームとするという発想です。

 

また、このような補正クレームにすることで、先行技術である「名前を書くための少しだけ平坦面に削った鉛筆」では、その名前を彫るための平坦面は「転がり止めのための」機能を奏しない、あるいは、そのような用途で設けられたものではない、と意見書等で主張することで、先行技術と本件発明の差別化を図ることができそうです。

 

如何でしょうか。

 

機能的クレーム

この機能に着目して、より「広い」クレームとしての機能的クレームを考えてみましょう。

 

機能的クレームとは、特許請求の範囲が具体的な構成ではなく、その構成が果たす機能として抽象的に記載されているものです。

 

仮想事例でいうと、

 

【請求項1’’】 転がり止め手段を有することを特徴とする筆記用具。

 

という機能的クレームの方が、より広くてベターではないか、と考える方かもしれません。

ちなみに、「平坦面」としてしまうと、転がり止めの効果を奏するであろう(曲面のみからなる)長楕円形の断面の鉛筆や、両端が尖った唇型の断面の鉛筆は、文言上捕捉しずらいので、「平坦面」という構成自体も取り払ってしまいたいところですからね。

 

確かに、具体的な構造(平坦面とか)ではなく、機能や作用・動作などを記載してクレームを構築する方が「広い特許」を実現できそうです。

 

しかし、発明者が想定した範囲(平坦面等の形状の工夫により、転がり止めを実現したという技術思想)を超えて明細書の発明の詳細な説明にも記載のない、鉛筆表面の粗さを大きくすることにより、転がり止めを実現したものまで、クレームの範囲に入ってしまいます。これは、発明者の発明の範囲を超えてしまっています。

 

ですので、記載要件(サポート要件、実施可能要件)を満たさないと判断されるかもしれません。

 

また、仮に、このような機能的クレームのまま特許された場合には、権利行使の段階で、機能的クレームの解釈(権利範囲の広さ)が問題となります。

 

 

この点、明細書等で開示した範囲を超えて権利を与えることは妥当ではないので、クレームの解釈(権利範囲の画定)としては、明細書の記載や図面を参酌し、そこに発明者が開示した技術思想の範囲が権利範囲だとされることになります。

 

本件で言えば、明細書に、おそらく、平坦面や多角形(三角形、四角形、五角形、六角形)といった実施例(具体例)が記載されると思いますが、表面粗さの調整などは記載されていないと思います。

 

したがって、たとえ、「転がり止め手段を有することを特徴とする筆記用具。」というクレームで権利をとったとしても、明細書に技術思想として開示されていない、鉛筆の表面粗さの調整により転がり止め効果を達成した鉛筆は、権利範囲には入りません。

したがって、他者が、表面粗さを工夫した鉛筆を製造・販売しても、このクレームでは、(文言上は含まれていますが)権利行使はできない、ということになりそうです。

 

(機能的クレームとは断定していないが)クレーム解釈に関する最近の裁判例として、平成31年(ネ)第10014号・令和元年10月30日知財高裁第1部判決 

 

https://www.ip.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/010/089010_point.pdf

 

結局のところ、

 

「明細書で開示した技術思想の範囲」=「特許権を付与できる最大限の権利範囲」

 

ということで、明細書から読み取れる技術思想を超えてまで権利範囲は及びません。

しかし、必ずしも明細書の実施例のみに権利範囲が限定されるわけでもないということになります。

 

公開代償説(発明を公開させる代償として独占権を認めるという考え方)は、特許法の勉強をするとよく見かけますが、機能的クレームの解釈もそのような観点で考えて良いのではと思います。

 

如何でしょうか。

 

なお、 途中で、少し触れましたが、クレームの記載により、長楕円形断面の鉛筆や、両端が尖った唇型断面の鉛筆を捕捉するのは、「平坦面」では難しそうです。

 

そこで、「転がり止めのための平坦面」に代えて、「転がり止めのための実質的な平坦部」として(明細書にも、これらの形状の実施例も挙げる)というのが良さそうですが、これまた、審査官によっては、「実質的に」が示す発明の範囲が曖昧だとかケチつけられそうで、大変悩ましいところです。

 

しかし、「転がり止めのための形状を有する鉛筆」というのは、技術思想をそのままクレームにしたようなものですが、これはちょっとチャレンジすぎ(広すぎ)ますかね。