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特許入門3(強い特許とは?-第2回)

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強い特許→つぶれない特許

 

「強い特許」とは、「つぶれない特許」である

 

前回の記事では、

「強い特許」とは、

 

(1)広い特許であること

(2)つぶれない特許であること

(3)回避困難な特許であること

(4)立証が容易な特許であること

 

という4要件を挙げ、「(1)広い特許であること」について説明しました。

 

masakazu-kobayashi.hatenablog.com

 

今回は、強い特許とは、「(2)つぶれない特許であること」について説明したいと思います。

 

特許と無効になって(つぶれて)しまう場合がある

特許権については

 

(1)特許庁で特許が無効にされ、特許権が初めからなかったもとみなされてしまったり特許法125条)、

 

(2)裁判所で他人を特許権侵害で訴えたのに、特許が無効とされるべきものと判断されて、特許権の行使が許されなかったり(敗訴)することがあります(特許法104条の3第1項)。

 

特許実務に携わっていると、特許が無効になる(無効と評価される)ことはよくあることで、当たり前のように思ってしまいますが、冷静に考えると、特許権というのは極めて変わった権利ということができます。

たとえば、土地の所有権が初めからなかったものとされることって、(土砂崩れとかで、土地が完全に流されてなくなってしまうような事態でもない限り、)ほぼあり得ないですよね。

 

特許権については、わざわざお金を払って、①特許出願をし、②審査をしてもらい、③審査官に特許査定にしてもらって、④特許権を登録して、⑤年金(維持費)を毎年払っていても、突然無効にされてしまう場合があるのです。ある意味で、特殊な権利、悪い言い方すれば、恐ろしく不安定な権利ということになります。もっとも、これが特許紛争を面白くしているという見方もできますが・・・。

 

世の中で、ある特許権者(原告)が、特許発明品を製造・販売等している被疑侵害者(被告)を訴えたときに、訴えられた被疑侵害者(被告)は、8割方、特許無効の抗弁を主張(=原告の特許は無効であるという反論)をします。

前述したように、裁判所で、この特許無効の抗弁が認められると、特許権者(原告)は権利行使ができない(=敗訴になる)のです。

 

そうすると、「強い特許」とは、なるべく特許が無効にならないようなものであるといえます。

 

「強い特許とは、広い特許である」との関係

前回の記事で、「強い特許」とは、「(1)広い特許であること」という説明をしました。

 

前回設定した仮想事例(従来は、円形断面の鉛筆しかなかったところ、六角形断面の鉛筆を発明したという事例)で言えば、特許権としては、より概念的に広く、たとえば、「多角形断面の鉛筆」で権利をとった方がベターという説明をしました。

 

もっとも、「広い特許」をとろうとすればするほど、特許が無効になるリスクは理論的には増えることになります

 

前回少しだけ触れましたが、特許査定になる要件(特許要件)として、

 

新規性(=新しいものであること)、

進歩性(=従来のものと比べて進歩的なもの)

 

等があるため、特許権の権利範囲を広く書こうとすれば書こうとするほど、出願前に存在した従来技術を含んでしまったり、従来技術から簡単に作れる(=進歩的ではない)と評価されてしまう可能性が高いからです。

 

仮想事例で言えば、

「六角形断面の鉛筆」は世の中に存在していなかったとしても、もしかしたら、四角形断面の鉛筆は、世の中に存在しているかもしれません。その場合、「六角形断面の鉛筆」の発明は、新規性・進歩性ありとして特許査定されるかもしれませんが、「多角形断面の鉛筆」の発明は、たとえば四角形断面の鉛筆という従来技術が存在すれば、これを包含することになりますので新規性がない、したがって、特許要件を満たさない

と評価されてしまいます。

 

つまり、抽象的には、「広い特許」と「つぶれない特許」というのは相反関係にあると言えます

 

「つぶれない特許」をとるためには?

それでも、「広い特許」であり、かつ、「つぶれない特許」をとるためには、どうしなければならないでしょうか。それは、特許出願の前に、先行技術文献調査(=出願より前に、関連するどのような従来技術があるかを調査すること)を実施し、なるべく特許が無効にならないように特許請求の範囲等を作成すること、です。

 

仮想事例で言えば、たとえば、「多角形断面の鉛筆」について権利をとりたいと思ったけれど、事前に先行文献調査をしたら、「三角形断面の鉛筆」が存在したことが判明した(四角形断面、五角形断面、六角形断面、・・・はなかった)とします。

 

その場合には、「四角形以上の多角形断面の鉛筆」について権利をとれば、「三角形断面の鉛筆」という先行技術文献を回避しつつ(=「つぶれない特許」)、「四角形以上の多角形断面の鉛筆」(=「六角形断面の鉛筆」よりは「広い特許」)をとることができるかもしれません。

 

ちなみに、「三角形断面の鉛筆」のみが存在するときに、「四角形以上の多角形断面の鉛筆」について特許査定されるかどうかは、進歩性の判断との関係では微妙かもしれません。また、「四角形以上の」というワードは書き方としてはちょっと要工夫かもしれません。

 

先行技術文献調査はお金がかかる

それでは、「広く」、かつ、「つぶれない」特許をととるためにはどうすればよいでしょうか。

 

特許査定してもらえるように、また、後につぶされないように、出願前に先行技術文献調査をすることが重要で、大きな企業は、弁理士や調査会社に先行技術文献調査を依頼します。

しかし、結構の費用(数十万円とか)がかかってしまいます

 

J-PlatPat(特許情報プラットフォーム)

そこで、お金をかけずにやる方法として、PlatPat(特許情報プラットフォーム)を利用して、自分で先行技術文献調査をするという方法があります。

 

www.j-platpat.inpit.go.jp

 

これは、無料の特許等のデータベースです。商標等も検索できますので有用です。

余談ですが、起業する際には、必ず、自分の会社名の商標が存在しないか確認してください

J-PlatPatは、使いこなすのもそれほど難しくありません。もちろん、プロの調査に比べると漏れがでてくるかもしれませんが、ある程度の調査は可能です。

 

審査官に先行技術文献調査をさせる

 もう一つの方法として、審査官に先行技術文献調査をさせる、というのが挙げられます。「できるの?」と思われるかもしれません。少しトリッキーな書き方をしてしまいました。

 

その真意をご説明すると、審査官は、特許出願をし、審査請求をすると、あなたの発明が特許されるべきものかどうか(新規性があるか、進歩性があるか)等を判断する前提として、先行技術調査をします。

 

そして、審査官は、(最初は、拒絶理由通知がくるかもしれませんが、)あなたの発明に近いものや関連するものを先行技術文献(拒絶理由の根拠や参考資料)として列挙してくれます。これらの文献をもとに、新規性がない、進歩性がないと判断するのです。

 

そうすると、審査官に、なるべく、自分の発明に関連する先行技術文献をたくさん列挙してもらいたいところです。そのために、(従属項を含めた)特許請求の範囲をどのように書くべきか、ということを考える必要があります。

その上で、審査官が挙げた先行技術文献を全て回避するように特許請求の範囲を補正(書き換え)し、最終的に特許査定をもらえばよいということになります。

 

これは、従属項の説明をする必要がありますので、別の機会にしたいと思います。

と言いたいところですが、別の機会がいつになるか不明なので、ここで簡単に説明するとにします。テクニックとしては、特許請求の範囲は、1つ(の請求項)だけでなく、複数の請求項を書くことができますが、これを利用するのです。

 

たとえば、先ほどの仮想事例で言えば、

 

【特許請求の範囲】

請求項1: 断面が多角形の鉛筆。

請求項2: 請求項1の鉛筆について、断面が三角形の鉛筆。

請求項3:    請求項1の鉛筆について、断面が四角形の鉛筆。

請求項4: 請求項1の鉛筆について、断面が五角形の鉛筆。

請求項5: 請求項1の鉛筆について、断面が六角形の鉛筆。

 

といった具合です。請求項1を引用して、請求項1の下位概念になっている請求項2ないし5を従属項と言います。

 

請求項1だけだと、審査官は、とにかく、断面多角形(たとえば、断面八角形の鉛筆)を見つければ、その1つの文献を先行文献のみを挙げて、新規性なしの拒絶理由を通知してくる可能性があります。それ以外の文献は挙げてくれないかもしれません。

しかし、従属項で、いろいろな断面の鉛筆を記載した場合には、それらの従属項に関して、もし拒絶理由を通知するのであれば、三角形や四角形といった他の断面の鉛筆についても先行技術文献調査をする必要があるため、審査官がこれらに関する先行技術文献を挙げてくれる可能性があるのです。したがって、従属項を挙げる方が、よりたくさんの先行技術文献を挙げてもらえる可能性があります。

たとえば、審査官の挙げた先行技術文献により、最終的に、三角形、四角形断面の鉛筆は既に存在したことが判明すれば、五角形以上の断面の鉛筆に絞れば(=減縮補正すれば)、特許査定してもらえるということになります。

 

少し、実務的で難しくなりましたが、要するに、うまく特許請求の範囲を記述することで、審査官に様々な先行技術文献を挙げてもらえるようにするテクニックもあるということです

 

まとめ

今回は、「強い特許」とは、「つぶれない特許」というお話をしました。

 

特許権の特殊性として、特許は無効となり、特許権が初めからなかったものと評価される可能性があり、 「つぶれない特許」をとる必要があります。

 

しかし、抽象的には、「広い特許」とは先行技術文献を包含する可能性が高まりますので、「つぶれない特許」と相反関係にあります。

 

これを解消するためには、先行技術文献調査をする必要がありますが、具体的には、

 

① お金を払って弁理士や調査会社といったプロに頼む、

② 無料のJ-PlatPatを使う、

③ (従属項を用いて)特許請求の範囲をうまく書くことによって、審査官になるべく多くの先行技術文献を挙げてもらう、

 

というような方法があることを説明しました。ちょっと長くなってしまいました。

 

次回は、「強い特許」とは、「(3)回避困難な特許であること」について説明したいと思います。