はじめに
これまで、特許入門2~5の4回にわたって、「強い特許とは?」何かを説明しました。
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今回は、これらの内容を前提に、どのように技術思想を追及して、クレーム(=特許請求の範囲)を構築していくかを、これまで用いた仮想事例を用いて、具体例に検討してみたいと思います。
<仮想事例>
従来、世の中には、円形断面の鉛筆しかなかった。
しかし、机から転がり落ちるという不便さがあった。
そこで、発明者は、六角形断面の鉛筆を思いついた。
上位概念化と従属項で、クレームの構築を試みる
まず、クレームの記載として、
【請求項1】 断面が六角形であることを特徴とする鉛筆。
というのは、そのまんまですので、あまり芸がありません。「広く」て「回避困難」な特許をとるという観点からは、
【請求項1】 断面が多角形であることを特徴とする筆記用具。
というように、「六角形」に代えて「多角形」、「鉛筆」に代えて「筆記用具」と上位概念で記載する方が広い権利がとれますね。
この作業を上位概念化と言ったりしますが、これは、ある意味、単純な作業です。
最も広いクレームだけでよいのではないか?
上位概念化作業の結果として、最も広い「断面が多角形である筆記用具」だけをクレームにすれば良い(=断面六角形は多角形に含まれるからクレームにしなくてよい)のではないかと思われるかもしれません。
しかし、従属項で、下位概念の発明も並べておく方が、何かと有効です。
クレーム群としては、たとえば、こんな感じです。
【請求項1】 断面が多角形であることを特徴とする筆記用具。
【請求項2】 請求項1において、断面が三角形であることを特徴とする筆記用具。
【請求項3】 請求項1において、断面が四角形であることを特徴とする筆記用具。
【請求項4】 請求項1において、断面が五角形であることを特徴とする筆記用具。
【請求項5】 請求項1において、断面が六角形であることを特徴とする筆記用具。
たとえば、クレームを「多角形」のみとした場合に、(実物としては円形断面の鉛筆しか世の中になかったとしても)、審査官が、たまたま「五角形」断面の鉛筆が開示された先行技術文献を見つけてくるかもしれません。あるいは、特許された後に、侵害者が「五角形」断面の鉛筆が開示された先行技術文献を見つけ出して特許無効を主張してくるかもしれません。
そこで、このようなクレーム群を構築しておくと、仮に、【請求項1】(多角形)、【請求項4】(五角形)が先行技術文献をもとに拒絶理由を通知されても(あるいは、後で侵害者に無効審判でつぶれされても)、 【請求項2】(三角形)、【請求項3】(四角形)ないし【請求項5】(六角形)を補正(訂正)で生き残らせて、特許される(特許が維持される)かもしれません。
この点、最初は「多角形」クレームのみとし、審査官から「五角形」断面の文献を当てられしまった場合、「多角形」を「三角形」等に限定するという補正・訂正も可能ですが、最初から従属項にしておいて、その従属項に限定する方が何かと楽です。
また、以前にもご説明したように、従属項を並べることで、審査官がより多くの先行技術文献を見つけてくれるという点からも、最初から従属項を書いた方が良いです。
審査段階で、なるべく先行技術文献を回避しておくのは「つぶれにくい特許」の観点からは重要です。
更に、発明の技術思想を追及する!
さて、本題です。
あらためて仮想事例を見てみると、発明者は、「(円形断面だと)鉛筆が転がり落ちる」という課題を解決すべく、その解決手段として、六角形断面の鉛筆を思いつきました。
言い換えれば、発明者は、鉛筆において、転がり落ちにくくするこという技術思想(アイデア)思いつき、その具体的な構造として「六角形断面の鉛筆」(という創作)を思いついたのです。
この技術思想を突き詰めていけば、転がり落ちない構成、すなわち、(断面多角形でなくとも、)平坦面を有してさえいれば、「鉛筆が転がり落ちる」という課題を解決することができそうです。
そこで、技術思想を追及した結果として、「多角形断面」よりも、更に広く、更に回避困難にするためのクレームとして、たとえば、
【請求項1】 表面に平坦面を有することを特徴とする筆記用具。
【請求項2】 請求項1において、断面が多角形であることを特徴とする筆記用具。
【請求項3】 請求項2において、断面が三角形であることを特徴とする筆記用具。
【請求項4】 請求項2において、断面が四角形であることを特徴とする筆記用具。
【請求項5】 請求項2において、断面が五角形であることを特徴とする筆記用具。
【請求項6】 請求項2において、断面が六角形であることを特徴とする筆記用具。
いう構成にしてみました。どうでしょうか?
このように、従属項を用いて、重層的なクレームを構築しましょう。
発明者が思いついた発明に立ち返る
翻って、発明者が、他でもなく「六角形断面の鉛筆」を創作したわけですから、「六角形」自体にも、独自の意味があるはずです。おそらく、(平坦部、多角形にも当てはまる)転がり落ちないという主要な効果に加え、六角形断面特有の技術的な意義、たとえば、
(1)六角形だと、握る際のグリップが丁度よい(=内角120度で指が痛くなりにくい。)、
(2)六角形だと、サイコロ(別の用途)としても使える、
という点を無意識のうちに創作に取り入れたからかもしれません。
これらの点は、従属項である【請求項6】(六角形断面の鉛筆)の付加的な効果として、「明細書」の「発明の詳細な説明」(発明を具体的に説明する書面)に書いたりします。こうして、【請求項6】は、より「つぶれにくい特許」になります。
一方、六角形との対比で、三角形断面だと内角が60度ですから、グリップの点で見れば、鋭角が親指と人差指の付け根に当たり、痛くなってしまいそうですね。
ところで、公文は三角形鉛筆を発売しています。でも、三角形の各頂点が丸まっており、子どもが握っても痛くないようになってます。公文がこの三角形鉛筆を開発した理由も、下記の記事を読むと色々ととあるようです。面白いですね。
公文の鉛筆に権利行使する(あくまで仮想事例です。)
さて、仮想事例において、公文の三角形鉛筆を被疑侵害品と見立てて、権利行使することを仮定します。あくまで仮想事例です。悪気もありません。先に構築したどのクレームが使えるでしょうか?
【請求項3】(断面が三角形)で権利行使をしようとすると、公文から非侵害(「三角形」ではない !)と争われるかもしれません。公文自身が、「三角形」鉛筆と宣伝してはいますが、実際には頂点がない(丸まっている)ので「三角形」ではないという反論も成り立ちそうです。なお、均等論の適用の余地はありそうですが、ここではこれ以上展開しません。
一方、【請求項1】(表面に平坦部を有する)で権利行使をしようとすると、公文の鉛筆には(頂点以外の辺の部分に)3つの平坦面があるので、侵害は簡単に言えそうです。
ほらっ、技術思想を追及して、「広い」「回避困難」なクレームにしておくと、後に、公文のような鉛筆が出てきても、「回避困難」にして、捕捉できますね!
クレーム記載の様々な問題
特許実務をされている方であれば、前記のクレームについては、(記載要件等)色々とケチが付けたくなるかもしれません。
・「平坦部」だけで、審査官に(記載要件とかの)文句を言われないの?
・「多角形」って、百角形でも良いの? それって、ほとんど円では? 転がり落ちないという効果あるの?
・「円形ではない断面を有する鉛筆」の方がクレームとして広いんじゃないの?
・どのクレームでも、楕円形の鉛筆には、権利行使できないんじゃないの?
・「転がり防止手段を有する鉛筆」という機能的な記載のクレームの方は良いのでは?
私も、特許審査官をしていたので、(妥当かどうかは別として)ケチをつけるのは大の得意です!
これらの指摘は、特許実務に携わっている方だと、様々論点が出てくるので、楽しくなってくるはずです。
次回は、この仮想事例について、クレーム記載の様々な問題について、検討してみたいと思います。