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特許入門11(発明を言葉で表現することの難しさ3)

はじめに

 

特許入門2-8では、六角形の鉛筆を例に、「強い特許」(良いクレーム)の書き方をご説明しました。

 

特許入門9、10では、ドラゴンクエストのスライムの立体形状を例に、発明を言葉で表現することの難しさをご説明しました。

 

masakazu-kobayashi.hatenablog.com

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今回は、実際の具体例で、クレームを検討してみたいと思います。

 

洗濯ばさみ収納具(特許第6614690号)

 

去年末に、ニュースで、小学生が特許を取得!、と報道されてました。

お母さんのお手伝いの延長で、便利な洗濯ばさみ収納具を発明したそうです。偉いですね。

 

www.youtube.com

 

いつものJ-Platpatで調べると、構造は以下のようなものでした。

 

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洗濯ばさみ収納具の構造図

 

洗濯ばさみ収納具には、2種類のタイプ(実施例)が開示されていました。

 

左の箱の図は、1つめのタイプで、収納具の棒に、使い終わった洗濯ばさみの孔を通すと、洗濯ばさみの持つ部分が、常に手前を向くように調整され、次回使うときに、洗濯ばさみを(下の開口部から)取り出しやすいように、洗濯ばさみの方向が揃うようになっています。

明細書の詳細な説明の段落【0024】には、「落下姿勢規制部4は、洗濯バサミ5の形状及び寸法と中心軸体3の基台2における取り付け位置とに応じて形成される。」とあるので、洗濯ばさみの形状・大きさと、基台(壁体内)の棒の位置との関係で、洗濯ばさみの方向をうまく揃えるようです

 

真ん中の図は、上から見た図で、オプションとして、箱の内側に出っ張った「補助規制部13」を設け、同様に、次回使うときに、洗濯ばさみを取り出しやすいように、洗濯ばさみの方向が揃うようになっています。

 

右の図は、もう1つのタイプで、棒に洗濯ばさみの孔を通すと、洗濯ばさみがどんな方向を向いていても、斜めになった壁部分で、くるっと回転し、同様に、洗濯ばさみの持つ側が常にこっちを向くようになっています

 

クレームの記載

 

このような単純な構造(でも、素晴らしい!)でも、クレームにすると結構長くなりますね。ポイントだけ、下線を引きました。

 

【請求項1】
基台と、中心軸体と、落下姿勢規制部と、中心軸体に挿通された洗濯バサミを取り出す開口部を備えた取り出し部とを有し、
(a)前記中心軸体が基台の平面に対して縦方向に設けられ、
(b)前記落下姿勢規制部が、洗濯バサミの力点部に力を加えると支点部を中心にして作用点部が互いに離反するように回動するその洗濯バサミにおける前記作用点部と前記支点部との間に形成される洗濯バサミの空間部に前記中心軸体の上部が挿通する状態になるように中心軸体に洗濯バサミを装着した場合に、中心軸体の上部から基台の平面に向かって洗濯バサミが落下するときに、前記洗濯バサミの前記力点部となる部位が前記開口部に向かうように洗濯バサミの落下姿勢を規制することを特徴とする洗濯バサミ収納具。

 

【請求項2】
前記落下姿勢規制部が、前記中心軸体に挿通された洗濯バサミが中心軸体を中心にして回転するのを阻止する内壁面を備えた壁体である前記請求項1に記載の洗濯バサミ収納具。


【請求項3】
前記落下姿勢規制部が、前記中心軸体を挿通して基台上で上下に積み重なった複数の洗濯バサミが同じ方向に向いて重なるように形成された壁体である前記請求項1又は2に記載の洗濯バサミ収納具。

 

【請求項4】
前記落下姿勢規制部は、その上端面が、前記開口部における開口方向に向かって傾斜する傾斜端面である前記請求項1~3のいずれか一項に記載の洗濯バサミ収納具。

 

クレームの検討

 

実施例1の方は、洗濯ばさみの形状・大きさと棒の具体的な位置関係で、洗濯ばさみの持つ部分(力点部となる部位)がこっちを向くというもので、クレームで具体的に記載するのは難しそうです。

形状や寸法を具体的に規定してしまうと、権利範囲が小さくなり、「広い特許」(「強い特許」)に反してしまいます。

 

実施例2は、「傾斜面」でクレームが書けそうですが、権利範囲としてはある程度限定されてしまいそうです。

 

さて、一番上位概念のクレームである【請求項1】を見ると、「落下姿勢規制部」が、「中心軸体の上部から基台の平面に向かって洗濯バサミが落下するときに、前記洗濯バサミの前記力点部となる部位が前記開口部に向かうように洗濯バサミの落下姿勢を規制する」というように、機能的な書き方になっています(機能的クレーム)。

 

下記記事の鉛筆特許の「転がり落ちない平坦部」と同じです。鉛筆特許でも、「平坦部」という具体的な構造さえも特定せずに、「転がり規制部」という表現もできたかもしれません。

 

masakazu-kobayashi.hatenablog.com

 

ただ、上記記事にあるように、機能的クレームには、記載要件の問題や、権利範囲が限定解釈されるおそれもあるので、必ずしも多用すれば良いというわけではありません。

 

本件の洗濯ばさみ収納具では、後述するように、従属項で、その機能を実現する具体的な構造(壁体、傾斜端面)を規定していますね。

 

実施例1が、洗濯ばさみの形状・寸法と収納具における棒の位置で決まるとすると、具体的な構造としてクレームを書くのは書きにくいし、具体的に書いてみても権利範囲も狭くなるので、請求項1で機能的に書くのが常套でしょうか。これで、実施例2も含めた上位概念で規定できていますね。

 

【請求項2】は、オプションの「補助規制部13」のことで、「内壁面を備えた壁体」という具体的な構造が規定されています。

 

【請求項4】は、別のタイプ(実施例2)に対応して、 【請求項1】を受けて(=に従属して)「その上端面が、前記開口部における開口方向に向かって傾斜する傾斜端面」というように、「傾斜端面」という具体的構造(形状)で規定していますね。

 

具体的構造だけのクレームでは、ちょっとした構造の変更で、特許権を回避されてしまう可能性があるので、「回避困難な特許」をめざすには、【請求項1】の(具体的な構造を捨象したというか超越した)機能的なクレームで権利が取るというのは良い手法です。

本件でも、無事特許されており、良かったと思います。

 

どうでしたか。典型的ではありますが、素晴らしいクレーム構成だと思います。

皆様も、実物(発明品)を見て、クレームを考えてみましょう。