はじめに
今回は、進歩性の基本的考え方(13)として、技術的思想(技術思想)をテーマにしたいと思います。
技術的思想(技術思想)の意義
進歩性判断の文脈でも、裁判例などで、時々「公知文献は、特許発明とは技術思想が異なるから進歩性あり」的な文章も見かけますよね。
技術的思想(技術思想)っていったい何でしょう。
私も仕事をしている中で、技術的思想ないし技術思想をテーマにした論文を見かけたことがあり、「おっ、これは!(何か知見が得られるかも!)」と思い、ちょっと読んでみた記憶があるのですが、ピンときませんでした(笑)。
ですので、私が以下で書く内容は全くの私見です。
どうも、上記論文では技術的思想(技術思想)の意義は諸説あるようなので、私見を勝手に述べても良さそうな気がしています。
なお、世間では、技術的思想と技術思想という2つの用語が混在して登場するように思われますが、違いがよく分かりません。調べるのも面倒なので、とりあえず同じものだとみなして、以下、技術的思想という用語を使うことにします。
技術的思想についての私見
技術的思想という用語は、特許法2条1項の発明の定義に出てきます。
「この法律で『発明』とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの
をいう。」
数少ない暗記している条文の一つです。
ちなみに、ドイツのLL.M.(ロースクール)で、「発明の定義を設けるとしたら、どのように定義するか?」という問いが出ました。
諸外国は、発明の定義を設けているところはほとんどありません。
日本人の学生は、皆、自然と日本の発明の定義とその説明を書いてしまいますよね・・・(笑)。試験の時間中に新しい発明の定義を考えてみようなんて余裕はありません(笑)。
さて、条文では、発明=技術的思想の創作と書いてあるように読めることから、技術的思想とは、「創作の前段階で(創作にまでは至らない)、発明より上位概念的なもの」かなぁという気がします(なお、発明=技術的思想とする考え方もあるようです。)。
つまり、
① まず、理想的には、課題というものがあって、
② その課題を解決するための(具現化されていない抽象的な)アイデアがあって、
③ そのアイデアを具現化したもの、
ここで、②が技術的思想で、③が発明という理解をしています。
概念のレベル(左ほど上位概念=抽象的で、右ほど下位概念=具体的)でいうと、
①課題 ⇒ ②技術的思想 ⇒ ③発明 ⇒ ④実施例 ⇒ ⑤発明品(実施品)
という感じです(上記スライドのイメージを参照)。
私の大好きな鉛筆の例でいうと、
①課題・・・(従来技術)円形断面の鉛筆では、机から転がり落ちてしまうので、
転がり落ちないようにしたい。
②技術的思想・・・A:断面形状を工夫してみよう。
B:鉛筆表面の摩擦係数を上げてみよう。
③発明・・・Aを具現化したものとして、
a-1:断面が正多角形の鉛筆、あるいは、
aー2:(より広いクレームとして、)平坦面を有する鉛筆。
④実施例・・・断面が正六角形の鉛筆など。
⑤発明品(実施品)・・・「現物の」六角形鉛筆。
という感じです。
以前の記事で、進歩性判断のイメージ(山登り)の記事を書きましたが、この山登りのルートが、
従来技術 ⇒ ①課題 ⇒ ②技術的思想 ⇒ ③発明(⇒④実施例⇒⑤発明品)
に相当します。
masakazu-kobayashi.hatenablog.com
以前の記事で、進歩性判断において、公知発明同士の課題の共通性のみならず、本件発明の課題もある程度考慮している点を説明しました。
masakazu-kobayashi.hatenablog.com
そうすると、課題と発明との間に位置する技術的思想についても、本件発明と公知文献とでは共通性があった方がよく、逆に、真逆の技術的思想だったりすると、公知文献足りえないという判断も出てくるわけです。
弁理士は、技術的思想を捉えている
発明者が、出願するために弁理士のころへ持ってくるのは、通常、
前述の⑤発明品(実施品)つまり実物のレベル、あるいは、④実施例のレベルです。
これに対し、弁理士が出願するための考えるクレームは、③発明で、明細書に、サポートとして④実施例を書きます。
しかし、③発明の、良いクレームを書くためには、②技術的思想を捉えている必要があります(①課題は、発明者が説明してくれるものかもしれません。)。
(従来技術が円形断面しかないという)鉛筆の仮想事例で言うと、まず、発明者が、弁理士のところへ六角形断面の鉛筆を持ち込んで、出願してくれというわけです。
ここで、弁理士は、単に「六角形断面の鉛筆」、あるいは、これを形式的に上位概念化した、「aー1:断面が正多角形の鉛筆」をクレームとするだけでなく、本件の「①課題⇒②技術的思想」、つまり、「転がり落ちないように、A:断面形状を工夫する」という点を適切に捉えて、断面形状を転がり落ちない断面形状として最上位の概念の一つとして、「aー2:平坦面を有する鉛筆」も発明足り得るということにまで思い至り、より広いクレームを書くことができるのです。
もっとも、前述の例で言えば、「B:表面摩擦係数を変える」という技術的思想は、もはや断面形状を工夫するというのとは別の技術的思想になりますので、これをクレームに書くとなると、発明者は、もはや弁理士さん自身ということになりそうですね(笑)。
この点については、以前記事にしました。
masakazu-kobayashi.hatenablog.com
最後に
技術的思想(技術思想)というのは、発明(多角形断面の鉛筆)が創作という比較的具体的なものであるに対し、より抽象的なアイデア(転がり落ちないための断面形状の工夫)という気がしています。
つまり、技術的思想(技術思想)とは、課題と発明との間にある抽象的概念ですね。
もっとも、「発明=技術的思想」と論じるものも多く、そちらが正しいのかもしれませんが、私の理解は上述のとおりです。
(必須ではありませんが、)進歩性判断の文脈で、技術的思想を敢えて登場させるとすると、本件発明の課題とほぼ同様の位置づけで論じられることになるのでしょう。
つまり、本件発明と公知文献との技術的思想があまりに異なると、当該公知文献からは進歩性欠如の判断を導けない(あるいは、公知文献の適格性なし)ということになるのでしょう。