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特許実務 - 進歩性の基本的考え方(17)【公知文献(特許文献)と公然実施品】

 

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公知文献(特許文献)と公然実施品

 

はじめに

 

 進歩性の基本的考え方の記事を再開しています。

 

 前回は、主引用発明に副引用発明を付加する場合と置換する場合についてでした。

 

masakazu-kobayashi.hatenablog.com

 

 

 今回は、公然実施品を進歩性否定のロジックで使う場合の問題点についてです。

 

公然実施品を公知発明として使う場合

 

 進歩性のロジックを否定する場合は、通常は、特許文献や他の文献を使う場合がほとんどです。

 

 公然実施品による進歩性否定のロジックを構築しなければならないのは、やむを得ない場合です。つまり、適切な公知文献(特許文献等)がどうしても見つからない場合です。

 

 どういう場合に見つからないかというと、典型的には、特殊な数値限定発明パラメータ発明ような「やっかいな特許」を、つぶさなければならない場合です。

 

 どうも従来技術(従来品)を含んでいるであろうパラメータ発明が特許されてしまう場合は結構散見されます。そして、パラメータ発明、は特許文献が見つかりにくい場合が多いです。

 

 その場合、公然実施品(従来品)を分析(実験や測定)をして、当該パラメータ発明の構成要件を充足するかどうか検証することになります。

 

 これは必ずしも進歩性の問題ではなく、新規性を否定する場合でもそうですが、パラメータ発明(数値限定)特有の実験条件等が問題になります。

 

公然実施品による進歩性否定の難しさ

 

公然実施品は(極めて)具体的構造

 

 スライドにもありますように、特許文献は、実施例により(実施可能要件違反にならない程度に)ある程度は具体的に記載されているものの、文献なので、実施品そのものを詳細に説明しているわけではありません。

 ですので、比較的抽象的に公知発明を捉えることができます(なお、スライドの絵では、公知文献を「四角形」にして、他の公知文献と組み合わせやすいイメージの形にしています。)

 

 これに対し、公然実施品は、具体的な製品です。構造が具体的なので、特許文献ほど抽象的に捉えることができない場合が多いです(なお、スライドの絵では、公然実施品を「ギザギザ型」にして、他の公知文献と組合せにくいイメージの形にしています。)。

 

 ですので、他の文献(副引用発明)と組み合わせるときに、どうしても、公然実施品は使いにくい(組み合わせにくい)という問題が生じてしまいます。

 

 感覚的にもそうなのですが、たとえば、公然実施品のある構成Pを、副引用文献により他の構成Qに置き換えるとしても、公然実施品として完成された構成(ある意味、最適化された構成)を取り除いて、他の構成に置き換えるというのは、「なんでそれ自体完成している製品の構成を取り除いて置き換えるの? 恣意的(後付け)じゃない?」となってしまう場合があります。

 

 これが、公然実施品を進歩性否定のロジックで使う際の難しさの一つです。

 

公然実施品は、論理付け要素を直接語らない

 

 また、公然実施品は、たとえば、進歩性判断に用いられる論理付け、たとえば、課題(の副引用発明との共通性)などを直接的に語ることはありません。公然実施品そのものからは、課題を抽出することが難しいのです。

 

 なお、技術分野の関連性については、公然実施品そのものが、ある技術分野に属しているというのは比較的言いやすいので、論理付け要素としては、公知文献(特許文献)の場合とそれほど差違はないかもしれませんが。

 

 そこで、公然実施品を主引用発明として、他の文献(副引用発明)と組み合わせるときには、公然実施品自体が有する論理付け要素(課題など)を技術常識や周知技術などとして他の証拠により、補足的に主張・立証しなければなりません

 

 公然実施品だけを証拠とするのではなく、その周辺情報(この公然実施品が背景として有する課題など)も、証拠で立証しなければならないということです。

 

 たとえば、(公然実施品との関係で直接的なものとしては)取扱説明書や、スペック表や、パンフレットでしょうか。(やや間接的なものとしては)公然実施品の技術的背景を説明した論文や記事や、発明によっては消費者のアンケート結果とか、様々でしょう。

 

 同じ論理付けでも、公然実施品の機能・作用(の副引用発明との共通性)であれば、公然実施品そのものが持つもの(内在するもの)ではありますが、その機能・作用が直接的に見えないような場合には、その機能・作用を実験などにより発現させ、証拠(実験報告書等)により補わなければなりません。

 

 また、公然実施品に(論理付け要素としての)示唆があるというのは、なかなか想定しにくい概念かもしれません。

 

まとめ

 

 このように、公知文献(特許文献)と比べて、公然実施品は、他の副引用発明との組合せで進歩性否定のロジックを構築する際、動機付けの立証が難しいです。

 

 しかし、裁判例上は、公然実施品を用いて進歩性を否定したものもいくつかあり、決して不可能というわけではありません。

 

 なお、あくまで経験上ですが、特許無効審判(つまり特許庁)で、公然実施品を用いて特許無効の審決を出してもらうのは、裁判所と比べると難しい印象です。

 審判官が、裁判官ほど、(文献ではない)証拠(公然実施品)の扱いや評価に慣れていないからではないでしょうか(なので、保守的に、公然実施品による特許無効を判断するのに躊躇する。)。あくまでも私見です。

 

 いずれにしましても、公然実施品を用いて特許発明の進歩性を否定することは、上述のとおり、①公然実施品自体を分析して証拠を作成したり、②論理付け要素などについて、技術常識や周知技術を他の証拠で補ったりしなければならないので、結構大変なのです。

 

 

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