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理系弁護士・弁理士。特許、知財、宇宙、ビール、刑事事件がテーマです。

特許実務(ウェットティッシュ事件3 + Cu-Ni-Si系合金事件)

 

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被告製品

 

はじめに

 

前々回から、「特許実務」のタイトルで、私が興味を持った裁判例(平成29年(ワ)第28189号 令和2年1月17日 東京地裁40部判決[佐藤裁判長])を紹介しています(https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/418/089418_hanrei.pdf)。

 

これまでの記事は以下のとおりです。

 

masakazu-kobayashi.hatenablog.com

 

masakazu-kobayashi.hatenablog.com

 

取り上げた論点は、

 

(1) 「略」(ほぼ)の意義

(2) なぜ、「1/2」と規定したか。

    「1/2」に、どの程度まで近いと侵害と評価すべき? 

               ※判決は1割まで(つまり、1/2の90%~100%)

(3) 実は、たとえば被告製品②の場合、78枚のウェットティッシュのうち、3枚は「1割」に収まっていた点

 

で、今回は、最後に(3)について検討したいと思います。

 

1つの被告製品の中に、特許請求の範囲を充足するものと充足しないものが混在している場合

 

本件で問題となっている構成要件は、以下の構成要件Cです。

 

構成要件C

「上記シート状物の一辺と平行な折れ線で積層方向下側に折られ,上記第1の中間片の略1/2の幅に,上記第1の中間片に隣接して形成された第2の中間片と,」

 

冒頭の図を見て頂いて、(折り返された部分である)「第2の中間片」が、ウェットティッシュ全体の幅にあたる)「第1の中間片」の「略1/2」であるかどうかです。

 

判決文を見ると、

 

ウェットティッシュ1袋の80枚中のうち、裁判所が定立した充足の基準である「1/2」の90%以内(つまり、1/2の90~100%)にあるウェットティッシュは、

 

被告製品②につき、3枚(原告測定)、30枚(被告測定)

被告製品③につき、6枚(原告測定)、1枚(被告測定)

被告製品①につき、2枚

 

ということでした。

 

いずれの被告製品も、(異常値を示すことが多い最初と最後のウェットテイッシュ2枚を除く)78枚の平均は80%~84%くらいでしたので、裁判所の充足の基準である90%~100%を満たさず、非充足(非侵害)と評価されています。

 

今回の発明は「積層体」(一袋単位のウェットティッシュが積層された束)が対象製品ですので、(裁判所の充足の基準が妥当かどうかはともかく、)平均値との関係で、非充足という判断は、一応合理的だと思います

 

しかし、たとえば、本件とは異なり、ウェットティッシュ1袋の平均値が(たとえば88%で)充足していないとしても、1枚1枚のウェットティッシュについて、半数以上が(90%以上で)充足していたとしたら、それでもなお非充足というのかは、ちょっと問題になりそうですね。

 

事例によっては、「平均値」ではなく、(充足するウェットテイッシュの枚数の)「割合」という基準も考えられるかもしれません。

結論ありきのケースバイケースでしょうか。

 

被告製品ごとに、特許請求の範囲を充足するものと充足しないものが混在している場合

 

本件では、1つの被告製品の中で、数値にばらつきのある場合でしたが、本件を離れて、複数の被告製品の中で、数値にばらつきがある場合はどうなるでしょうか。

 

これに関する裁判例が、タイトルにもあるCu-Ni-Si系合金事件(平成24年(ワ)第15621号・平成27年1月22日東京地裁47部判決[高野裁判長])です

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/805/084805_hanrei.pdf)。

 

この事件は、私がミュンヘンへの留学中に興味を持ち、内々の判例研究会で発表した裁判例で、私の修士論文の内容(差止請求権の制限)にも影響を与えました。

 

改めてネットで検索してみたところ、以下の論文が一番詳しそうでした。

 

新藤圭介, 「複数の被告製品の一部が数値限定発明の技術的範囲に属する場合に差止めの必要性を否定した事例」

http://ksilawpat.jp/wp-content/uploads/2019/03/d49c2c9efabe1c0e92c79d47155227a2.pdf

 

この裁判の詳細な説明は省略しますが、要するに、(測定する所にもよるようなのですが)ある被告製品は充足していたり、別の被告製品は充足していなかったりする場合の差止め請求権の(制限の)可否です。

 

実は、私も、同じような事案で、一度相談を受けたことがあります。

 

対象特許発明は数値限定発明でしたが、中国から輸入された製品が、結構適当に作られているようで、製品の寸法にかなりばらつきがあり、数値限定を充足するものや充足しないものが混在していました。そのような場合に、「権利行使できるのでしょうか?」と聞かれました。

 

この裁判例のずっと前のことでしたので、個人的な見解として、

 

① パンプレット等で、被疑侵害者の仕様書での数値(ターゲット値)がわかる場合には、その仕様書の値が、数値限定の範囲にあるのであれば、それを狙って製造しているはずだから、実際の製品が多少充足していないくても、おそらく侵害は認められるだろう、

 

② パンフレット等がなく、仕様書の数値がわからない場合、(裁判になれば、文書提出命令等で入手できる可能性もなくはないが、)現段階においては、実際の製品における充足する被告製品の「割合」によるのではないか、

 

と回答した記憶があります。

 

しかし、②の「割合」が5割(半分半分)とかだと、どうなるのでしょう。

 

差止請求と損害賠償請求では考え方も違ってくるかもしれません。

 

差止請求に関するを上記のCu-Ni-Si系合金事件は、

 

「被告の製品において,たまたま構成要件Dを充足するX線ランダム強度比の極大値が測定されたとして,当該製品全体の製造,販売等を差し止めると,構成要件を充足しない部分まで差し止めてしまうことになるおそれがあるし,逆に,一定箇所において構成要件Dを充足しないX線ランダム強度比の極大値が測定されたとしても,他の部分が構成要件Dを充足しないとは言い切れないのであるから,結局のところ,被告としては,当該製品全体の製造,販売等を中止せざるを得ないことになる。そして,構成要件Dを充足する被告合金1及び2が製造される蓋然性が高いとはいえないにせよ,甲5のサンプル2のように,下限値付近の測定値が出た例もあること(なお,原告は,これが構成要件Dを充足しないことを自認している。)に照らすと,本件で,原告が特定した被告各製品について差止めを認めると,過剰な差止めとなるおそれを内包するものといわざるを得ない。
さらに,原告が特定した被告各製品を差し止めると,被告が製造した製品毎にX線ランダム強度比の極大値の測定をしなければならないことになるが,これは,被告に多大な負担を強いるものであり,こうした被告の負担は,本件発明の内容や本件における原告による被告各製品の特定方法等に起因するものというべきであるから,被告にこのような負担を負わせることは,衡平を欠くというべきである。
これらの事情を総合考慮すると,本件において,原告が特定した被告各製品の差止めを認めることはできないというべきである。」

 

と判示し、差止めを制限していますね。

 

判例では、割合によるとは判示していませんが、過剰の差止、衡平の原理で、本件については差止めを認めていますね。

 

日本では、(米国と異なり)「充足すれば自動的に差止め」が通常なのですが、差止めの制限について、過剰性や衡平の観点から、「差止めの必要性」を検討しているところが面白いですね。

 

差止めは、〇か✖かの問題?

 

差止請求権の場合、差し止めるか、差し止めないか、二者択一ですね。

理論的には可能かもしれませんが、一部の差止めというのは実務的には難しいと思われます。

 

上記裁判例では、充足するものとしないものが混在し得る場合に、原告による被告製品の特定に起因するにも関わらず、被告がいちいち測定して、非充足を確認してからでないと出荷できないというのは、衡平を欠くという判断でした。

逆に、簡単に判別できるのであれば、差止めを認めてることも可能なかもしれません。

 

また、充足している被告製品が大半(90%以上とか)であれば、過剰な差止めには当たらず、差止めが認められるかもしれません。

 

損害賠償請求はどうか?割合的?

 

一方で、このCu-Ni-Si系合金事件では、損害賠償請求がされていないため問題となっていませんが、同様の事例で、損害賠償請求はどうでしょうか。

 

損害賠償請求は金銭なので、差止めとは違い、割合的に認めることが可能です。

 

ですので、たとば、被告製品のうち、5割が充足、5割が非充足であった場合には、1/2の額の損害賠償請求を認めてもよいようにも思われますが、どうでしょうか。

 

最後に

 

3回にわたって、ウェットティッシュ事件を取り上げました。

 

「1/2」という明示の数値限定や、「半分」、「直角」といった見えない数値限定についても、権利範囲を狭めないよう(特に機械・電気系分野の方は)気を付けましょうというお話でした。

 

また、①ウェットティッシュ事件のように、被告製品内で一部が充足、一部が非充足な場合や、②今回紹介したCu-Ni-Si系合金事件のように、複数の被告製品のうち、一部が充足、一部が非充足の場合、差止請求が認められるか、更に、損害賠償請求が割合的に認められるかについて、検討してみました。

 

損害賠償請求の点については、このような裁判例があるかどうか確認できていませんもしかしたら、既にそのような点について判断した裁判例があるかもしれませんし、まだ無いかもしれません。

 

しかし、ウェットティッシュ事件にしても、Cu-Ni-Si系合金事件にしても、地裁での判断ですから、今後の知財高裁での同様の事例を楽しみに待ちたいと思います。