はじめに
仮想の不倫罪で逮捕された芸人 ワタナベ・カンの弁護人の物語の続き(第4回)です。
前回までの内容は、下の記事のとおりです。
令和3年1月1日に施行された仮想の不倫罪によって逮捕・勾留された芸人のワタナベ・カン。その弁護人となった私は、早期釈放をめざして弁護活動を進める。
ワタナベ・カンは不倫(不貞行為)の事実を概ね認めているため、情状活動により不起訴獲得をめざす。
今回は、担当検事との交渉である。
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事前に担当検事に電話して予約をし、面接を申込み、検察庁にやってきた。
私
「本日は、お時間を頂きましてありがとうございます。ワタナベ・カンの弁護士の小林と申します。」
担当検事S
「どうも。検事の白川です。」
私(独り言)
【黒川ではなくて、白川か。期待できるかな。】
私
「事前に、FAXでもお送りさせて頂いたのですが、①被告人の反省文、②被告人の妻であるササザキさんへの謝罪文(写し)、③ササザキさんの身元引受書、④事務所社長の嘆願書、⑤仕事仲間(相方)であるオオシマさんの嘆願書、⑥依存症である旨の医師の診断書を持参しました。これらを踏まえた弁護人からの意見書も、事前にFAXでもお送りしています。」
担当検事S
「ご苦労様です。拝見しました。」
私
「できれば、明後日の終局処分においては、起訴猶予でお願いできればと思っています。不貞罪の法定刑は、住居侵入罪と同様、3年以下の懲役又は10万円以下の罰金ですから、それほど重い類型の罪ではありませんし。」
※終局処分=検察官が起訴・不起訴を決める処分
※起訴猶予=犯罪の嫌疑があるとしても、裁判にせずに事件を処理すること
担当検事S
「んーそうですね。しかし、本件は5件の被疑事実(※不貞行為)ということですので、なかなかちょっと・・・。」
私
「確かに、5件というのは確かにあれですけども、その点については、医師との面会でも、いわゆる依存症の可能性が高く、彼の生活環境を整えつつ、長期の治療が必要ではないかということです。一刻も早く治療により、社会内で更生するのがワタナベさんにとって良いのではないかと考えます。」
担当検事S
「依存症ですか。まぁ。本件は、ワタナベさんが芸能人である点は措くとしても、いわゆる不倫罪の初適用ということで、世間でも結構注目されてますしね。」
私
「そうですね。さぞかし検事にとってもプレッシャーでしょうね。世の中で広く行われているであろう不倫罪に、警察・検察が介入することになりましたからね。」
担当検事S
「時代の流れなんでしょうか。我々は、法を適切に執行するだけですから。」
私
「今まで犯罪ではなかったことでが、急に犯罪になる。あまり例がありませんね。しかも、不貞行為というのは、世の中で結構行われてしましたしね。」
私
「ところで、本件についての検事のお考えは如何ですか? 公判請求もあり得るということでしょうか。」
※公判請求=起訴(裁判)
担当検事S
「正直なところ、迷っています。前例もありませんしね。」
私
「3年以下の懲役・罰金刑という法定刑からしても、裁判にするほどの事件ではないように思いますが。」
担当検事S
「でも、不貞行為の被疑事実は5件ですしね。万引きや住居侵入も5件となると、常習ですしね。」
私
「弁護人としては、できる限りの情状活動はさせて頂き、資料も揃えました。ワタナベ本人は、だいぶ反省していますし、一方で相当滅入っているようです。医師の診断にあるように依存症ということもありますし、精神的に早く回復しないと取り返しがつかないことになってしまいます。もっとも、今後もマスコミも放っておかなでしょうし。これからも、大変です。」
担当検事S
「そうですね。」
私
「彼には、前科・前歴もありません。このようなことがあっても、奥さんであるササザキさんからもお許しを得ていますし。彼女も女優ですが、一緒に芸能界でもう一度やり直したいそうです。できる限り早い社会復帰が必要かと思います。彼も、芸能人ということで今後もマスコミなどから注目されますし、奥さんと医師の監督の下、もはや再犯ということもあり得ないのではないでしょうか。ワタナベは、5人との関係は完全に絶つこと、スマホの連絡先も消去することを誓約していますし。」
※再犯=再び罪を犯すこと
担当検事S
「そうかもしれません。私も、副部長の決裁が必要となりますので、先生から頂きましたご意見も十分に検討して、終局処分にしたいと思います。ちなみにですが、略式というのはお考えとして如何ですか?」
※略式=裁判にせずに、罰金で事件を終了すること。
私(心の声)
【おっ!きたー!】
私
「被疑事実の点については、依存症による衝動的な行動が多かったため、本人が明確に覚えていないこともありますが、概ね認めております。起訴猶予が相当ではないかとは思いますが、略式罰金の可能性については、本人にも事前に話をし、了解を得ております。検事が略式罰金をお考えでということであれば、本人には異議はないと思います。」
担当検事
「分かりました。今回は、先生にも大変ご努力頂いたこともありますしね。その方向で検討してみます。」
私
「起訴猶予が難しいということでも、略式罰金でお願いできればと思います。私も、正式裁判で、不倫罪の憲法違反を主張するのには躊躇していましたし。世間で、『不倫弁護士』とか言われたら、大変ですしね。」
担当検事
「憲法違反ですか。ははは。」
私
「平等権と幸福追求権でしょうか。皮肉にも不幸を追求する結果になっていますね。憲法違反はさて措くとしても、この不倫罪は、有名人の不倫をマスコミが見つけ出したり、あるいは、言い方悪いですけど、特に我々のような中高年がハメられるような罪のような気がします。」
担当検事
「んー、そうでしょうか。でも罪は罪ですからね。」
私
「私は、もちろん不倫はしませんが、不倫って、やる人はやってしまいますからね。一度逮捕されれば、もう懲りるでしょうが、逮捕されるまではバレないだろうというか、まさか逮捕されるとは思わずに不倫をしてしまう人は大勢いるような気がします。刑法犯となっても、人間の本質は変わりませんからね。」
担当検事
「抑止力にはなりませんかね。」
私
「多分、そのうち、警察官や検察官でも不倫で逮捕される人も出て来るかもしれませんね。」
担当検事
「ありえないとはいいませんけどね。」
私
「もっと言うと、特定の人物を狙って、クラウド・ファンディングでお金を集めて、探偵を雇って不倫調査をし、マスコミに垂れ込んで、捜査機関が動くなんてこともありそうですね。一度狙われたら、終わりですね。」
担当検事
「くっ、クラウド・ファンディングですか。」
私
「検察官や裁判官も名前が売れれば、ターゲットになりそうですね。検事も、東京高検の検事長くらい出世されれば、狙われるかもしれませんね。ははは。」
※東京高検=東京高等検察庁
担当検事
「・・・」
私
「ちなみに、検事は結婚されているんですか。」
担当検事
「・・・。まぁ。」
私
「それでは、本日はどうもありがとうございました。起訴猶予ないし略式罰金で宜しく願い致します。」
結局、本件は、略式罰金により、ワタナベ・カンは10日の満期で釈放された。
終わりに
不倫罪という仮想の罪を犯した芸人ワタナベ・カンのお話でした。
現実には、不倫罪はありません。おそらく、憲法違反でしょうから、今後、このような罪が成立することはないと信じます。
しかし、監視社会・管理社会が一層進んだ将来、もしかしたら、不倫罪が成立するかもしれませんね。
世論の流れで、刑罰が重罰化したり、新設することはよくあることですから。