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特許実務(ウェットティッシュ事件1-「略(ほぼ)」について)

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本件特許発明(判決文より引用)

 

はじめに

 

今回は、「特許実務」のタイトルで、 下記の特許権侵害差止等請求事件の判決を紹介したいと思います。

 

平成29年(ワ)第28189号令和2年1月17日東京地裁40部判決[佐藤裁判長]https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/418/089418_hanrei.pdf

 

多分、重要判決というわけではありません。単に、私が興味を持ったから紹介します。後述する構成要件Cの非充足で、非侵害となり、請求棄却となりました

判例の結論に異論はありませんが、いろいろ考えるところがあり、面白いと思いました。

ちょっとググってみたところ、解説らしきものは発見できませんでした。

 

ざっと読んで検討しますので、間違っていたら、ごめんなさい。こっそり、コメントで教えてください。

 

事案の概要

 

本件発明(訂正された請求項1を分説したもの)は、以下のとおりです。

冒頭の図のような、折りたたまれたウェットティッシュをイメージしてください。これが、袋に収納されます。

 

A 折り畳まれた複数枚のシート状物が連続して取り出せるように積層されたシート状物の積層体において,
A2 上記シート状物はスパンレース不織布からなり,

B 上記シート状物の各々は,所望とする積層体の幅寸法と略同じ長さに形成された第1の中間片と,
C 上記シート状物の一辺と平行な折れ線で積層方向下側に折られ,上記第1の中間片の略1/2の幅に,上記第1の中間片に隣接して形成された第2の中間片と

D 上記第2の中間片から積層方向下側に折り返され上記第2の中間片と略同じ幅に形成された第1の折片と,

E’上記第1の中間片から積層方向上側に折り返され上記第1の中間片の幅が所望とする積層体の幅寸法となるように調整するとともに,上記第1の中間片の幅の1/2未満で,

E2 かつ,上記第1の折片の幅より短い幅となる第2の折片とを有するよ
うに折り畳まれ,
F 積層される上記シート状物の偶数番目の上記シート状物と奇数番目の上記シート状物とは,左右対称となるように折り畳まれた状態で積層され,

G 各偶数番目(奇数番目)の上記シート状物の上記第1の中間片及び上記第2の中間片によってできる谷部に,上記シート状物の次に積層される各奇数番目(偶数番目)の上記シート状物の上記第1の中間片及び上記第2の折片によってできる山部を重ね合わせることを特徴とするシート状物の積層体。

 

色々と、構成要素が出てきますが、判決で非充足と判断された構成要件Cについて見てみますと、「第2の中間片」は、「第1の中間片」の「略1/2」と規定されています。

 

「第2の中間片」やその下の「第2の折片」というのは、長ければ長いほど(広げると)大きなウェットティッシュを 収納できて良い、ということだそうです。

ただし、1/2を超えてしまうと、この積層構造だと、真ん中が膨らんでしまい不安定になりますので、1/2を超えるのは良くないですね、ということだそうです。

その上で、発明としては、①最大限(1/2)、かつ、②幅をもたようとして(略)、クレームに「略1/2」と規定されたようです。

 

被告製品は、下図2のとおりで、シートの構成は似ていますが、判決文によると、「第2の中間片」に相当する部分は、ある被告製品について、「2分の1」の長さの83%(収納されたウェットティッシュ78枚の平均値)だったようです。

要するに、折り返し部分が、2分の1より、平均で2割ほど短かかったのです。

 

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被告製品(判決文より引用)

 

判決では、明細書等の記載(課題、効果)を参酌した上で、1/2を超えてはいけないと判示するともに、

 

「『略1/2』とは,正確に2分の1であることは要しないとしても,可能な限りこれに近似する数値とすることが想定されているものというべきであり,各種誤差,シート状物の伸縮性等を考慮しても,第1の中間片の2分の1との乖離の幅が1割程度の範囲内にない場合は『略1/2』に該当しないと解するのが相当である。」(下線は私が引きました。)

 

要するに、1/2より短いものも含むが、短さの程度はせいぜい1割までですよ、ということです。

 

判決では、2割近く短い(平均で83%の)ある被告製品は、これを満たさず、非充足・非侵害となったわけです。

 

ちなみに、ある被告製品の78枚のウェットティッシュのうち3枚だけ1割に収まっていたようです。でも、発明が積層体ということで、平均をとったのでしょうね。

 

検討してみたい点

 

私が、興味を思ったのは、以下の点です。

 

(1) 「略」(ほぼ)の意義 ※これは大した話ではない。

(2) 「1/2」(数値限定)の規定について ※なぜ、「1/2」と規定したか。

    「1/2」に、どの程度まで近いと侵害と評価すべき? ※判決は1割まで

(3) 実は、たとえば被告製品②の場合、78枚のウェットティッシュのうち、3枚は「1割」に収まっていた点

 

(1)「略」(ほぼ)の意義 

 

全部書くと、記事がかなり長くなってしまうので、今回は、(1)だけさらっと。

  

審査基準をみると、

 

https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/document/index/02_0203bm.pdf

 

「範囲を不確定とさせる表現(「約」、「およそ」、「略」、「実質的に」、「本質的
に」等)がある結果、発明の範囲が不明確となる場合

ただし、範囲を不確定とさせる表現があっても発明の範囲が直ちに不明確であると判断をするのではなく、審査官は、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮して、発明の範囲が理解できるか否かを検討する。」(下線は私。)

 

とあります。

(不明確となり得る類型だが、)ケースバイケースで、明確・不明確を判断するという感じでしょうか。

 

私は、審査官補になって間もないときは、ほとんど、不明確の拒絶理由を通知していたように記憶しています。

一方で、今、出願人代理人の立場に立つと、なるべく幅のある規定にしておきたいと思うところですよね。

 

結構たくさんの特許出願を見てきましたが、「略」で拒絶理由を通知されると、弁理士さんは、争わず、ほとんど「略」を削除します。

一方で、「略」について、審査官が、不明確ではないと判断して(あるいは単にスルーして)そのまま特許になっているものも結構あります。

 

今私が思うのは、「製造誤差」のレベルぐらいは権利範囲に含まれるという意味で、「略」という用語をクレームに入れ込んでも、そんなに目くじらを立てて、拒絶理由を通知しなくてもよいように思っています。

逆に、「略」等の幅のある記載がなくとも、「製造誤差」の程度はクレームの範囲内に入ってくると解釈されると思います。

結局、本件のように争いになったときに、具体的に判断すればよいわけですから。

 

本判決でも、上述のように、その趣旨のことが述べられていますね。

 

次回

 

次回以降は、

 

(2) 「1/2」(数値限定)の規定について ※なぜ、「1/2」と規定したか。

    「1/2」に、どの程度まで近いと侵害と評価すべき? ※判決は1割まで

(3) 実は、(1つの)被告製品の78枚のウェットティッシュのうち、3枚は「1割」に収まっていた点

 

について、思うところを自由に論じてみたい思います。