はじめに
プロバイダ責任法に基づく発信者情報開示の事案ですが、争点として、リツイートにより、元画像の上下がトリミングされ、氏名表示部分が表示されない状態で画像を表示したことに関して、著作者人格権の一つである氏名表示権を侵害し得るという最高裁判決が出ました。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/597/089597_hanrei.pdf
この件自体は、刑事事件ではないのですが、著作権法には刑事罰も規定されているところ、今後、リツイート行為が、逮捕につながり、刑事事件にもなり得るということを説明したいと思います。
著作権法の刑事罰
実は、著作権法には119条以下に、刑事罰が定められています。その他の知財法にも刑事罰が規定されています。ですので、知的財産権の侵害が刑事事件として逮捕・勾留として起訴もできてしまうということを意味しています。
著作権法119条2項
次の各号のいずれかに該当する者は、5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
一 著作者人格権・・・を侵害した者
・・・
ちなみに、商標法違反(たとえば、偽ブランドを輸入して販売した場合など)の刑事事件は(在宅事件であることが多いですが)結構あります。一方で、特許法違反の刑事事件は聞いたことありません。
上記 著作権法119条2項の法定刑の5年以下の懲役というのは、ピンとこないかもしれませんが、刑法で言えば、収賄罪、背任罪、横領罪あたりが、5年以下の懲役です。
しかし、リツイートって、(名誉棄損の書き込みなどとは違い、)ごくごく簡単に一瞬に何の躊躇もなくポチっと出来てしまう行為ですから、これが犯罪になり得るとしたら、結構恐ろしいですね。
反対意見
最高裁の裁判官5人のうち、1人だけ反対意見(氏名表示権を侵害したとは認めないという意見)がありました。以下のことを述べておられます。
(2)「ツイートの主題とは無縁の付随的な画像を含め,あらゆるツイート画像につい
て,これをリツイートしようとする者は,その出所や著作者の同意等について逐一調査,確認しなければならないことになる。私見では,これは,ツイッター利用者に大きな負担を強いるものであるといわざるを得ず,権利侵害の判断を直ちにすることが困難な場合にはリツイート自体を差し控えるほかないことになるなどの事態をもたらしかねない。」
(2)は、実質的な理由としては、確かにうんうんと思います。
最高裁裁判官5人のうち、ツイッター使っている人、使っていない人が「1:4」って感じに思ってしまいますね。
一方、(1)の主体論は、リツイートした結果、(氏名表示権を侵害した態様で)画像が表示されているので、ちょっと難しい感じがします。
そこで、このような場合に、氏名表示権(著作者人格権)を侵害しないという例外的な明示規定があれば良いのですが、ありません。
日本の著作権法には、アメリカのようにフェアユース規定(要件を満たした公正な利用の場合に、許諾なくとも著作権侵害にならない、とする一般的規定)がないので、主体性を否定しない限り、形式的ではありますが、多数意見のように、氏名表示権を侵害したという結論になってしまいそうです。難しいところですね。
著作権や著作者人格権の侵害行為というのは、大小あれど、世の中に結構溢れていて、ただ、悪質ではない場合には、あまり問題になっていないだけ、というのが現状だったりします。
しかし、捜査機関が本腰を入れれば(あるいは、睨まれたら)、著作権侵害、著作者人格権侵害で、逮捕・勾留することができてしまうのです。
リツイートで逮捕された方の親御さんに連絡をした際に、「うちの子が逮捕・勾留されたのですが、何をしたんですか?」と聞かれたときに、「リツイートで写真の著作者の氏名表示権を侵害したんですよ。」って説明して、理解してもらうの難しそうな気がしますね・・・。
さて、どうやって争いましょうか。(侵害について)故意がないというのも難しそうですし、可罰的違法性がない(罰するほどの違法性がない)っていうのもあれですし、んー、ちょっと困りますね。
フェアユース規定があったとしたら、刑法で言えば、正当防衛の主張みたいな感じで、主張できるのだろうなぁと思います。
前述したように、結構、著作権侵害、著作者人格権侵害に該当しまっている例は巷に多いので、悪質ではないものについても、捜査機関の過度な介入・恣意的な介入を安易に許すのを防ぐには、せめて、日本の著作権法にも、フェアユース規定を導入した方が良いように、思いました。
以上は、刑事弁護人の立場からの意見ですが、これは、知財弁護士の立場からも、同意見です。
侵害を否定する一般規定がある方が、色々議論できて面白いですからね。
おっと、知財と刑事の両方の観点から言及できる論点は珍しいので、私としては嬉しいですね。
まとめ
行為としては、(同じ法定刑の収賄や背任や横領と比べても)ごく簡単にできてしまうリツイートが、著作者人格権の侵害になり得る最高裁判例を受けると、今後、リツイートが刑事罰の対象となる、つまり、リツイートで逮捕・勾留・起訴という刑事事件になり得るということを意味します。
結論としては、このような事件でリツイート者が侵害者であると評価すべきではないように思いますが(最高裁の多数意見に反対)、現状の著作権法の規定では、やや苦しい主体論を展開する以外は、リツイート者が侵害者ではないと言うのは例外規定がなく難しい状況です。
本件に限らず、必罰的とまでは言えない程度の著作権侵害、著作者人格権侵害は結構ありますので、日本もフェアユース規定を導入すれば、刑事事件の場面では、正当防衛のような主張が可能になり、過度な、恣意的な捜査機関の介入を防ぐことができるように思います。
毎回の記事で、いつも言及しており、大変しつこいですが、管理社会・監視社会の度が過ぎると、日本は(某国ほどはいかないまでも)大変な国になってしまいます・・・。
あと、国際ハーモや、デジタルコンテンツの円滑な流通の観点(著作権はいつも足かせになります。これは国際競争力に関わります。)からも、やっぱり最高裁の結論には、んーと言わざるを得ません。
私も、ツイッターを一応使っていますが、ほぼ、このブログの記事を紹介するだけに使っており、実はまだリツイートはまだしたことがありません・・・(笑)。