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特許実務-発明報償金の辞退の撤回

 はじめに

 

今回は、発明者(従業員)が、発明報償金の辞退(放棄の意思表示)をした後に、それを撤回する場合について検討したいと思います。 

 

前回の下記記事(発明報償金の辞退)の続きです。

 

masakazu-kobayashi.hatenablog.com

 

発明報償金の辞退(放棄の意思表示)の撤回

 

おそらく、このような事態が生じるのは、従業員(発明者)のした発明が、予想に反してバカ売れするなどし、実績報償金を計算すると凄い高額になりそうな場合に、その従業員(発明者)が、「そんなに会社が儲かったんなら、やっぱ実績報償金が欲しい!」という場合が典型でしょうか。

 

普通に民法で考えると、従業員(発明者)の一方的意思表示である放棄(債務免除)をなかったことにするには、意思表示に何らかの問題がある場合、すなわち、詐欺や錯誤や公序良俗違反といった場合でしょうか。実際、実績報償金の手続きにおいて、使用者が詐欺行為をしたというのは常識的に考えられないので、錯誤取消の主張でしょうか?

 

あっ、新民法が錯誤無効ではなく取消になっていますね(民法95条1項本文)。でも動機の錯誤で(同条1項2号)、辞退届では、その表示もなさそうですが(同条2項)。

 

少し脱線しましたが、元に戻します。

 

職務発明について規定する特許法35条は、平成16年改正、平成27年改正を経て、「相当の利益」の内容(昔は「相当の対価」の額)の決定ついて、適正な手続が重視される内容となっています(特許法35条5項、6項)。

 

www.jpo.go.jp

 

 条文の文言を具体的にみますと、「相当の利益の内容を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業員等との間で行われる協議の状況」、「策定された当該基準の開示の状況」、「相当の利益の内容の決定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況」等について、適正な手続きをとれば、それにより取り決められた相当の利益の内容(たとえば、実績報償金)の額は、その不合理性が否定される(=従業員が会社に、本来の実績報奨金を請求しても認められない)という規定になっています。

 

ちゃんと、使用者と従業員(発明)で、適正な手続きを経て合意された内容は、それが本来の額よりも低額であっても、尊重(合理的と評価)されるというわけです。

 

不合理性についての(手続面ではなく)実体面の考慮

 

私、このように、企業がきちんと職務発明規程を規定し、きちんと運用さえすれば、職務発明訴訟はいずれはなくなるのではないか、というふうに甘く思っていました。

 

しかし、平成16年法改正の「産業財産権法の解説」(立法者の意図)を見てみると(155~156頁)、「相当の対価」の額に関する不合理性の判断の方法の項目において、適正手続が重要ですよという内容に引き続いて、

 

「一方、総合的な評価に当たっては、実体面の各要素も必要に応じて補完的に考慮される。実体面の各要素は、条文上は『・・・等』という文言に含まれるものとして考慮されることになる。手続が適正に行われたとしても、結果として支払われる対価が極度に低額であることも想定することができるが、そのような場合は、定めたところにより対価を支払うことが『不合理』となり得る。」(下線は私)

 

と書いてありました。

 

ただし、それに続いて、そうはいっても改正の趣旨が没却されるからとか言って、「考慮要素として『・・・等』という文言を規定することで、実体面も含むとういう趣旨を反映することにとどめた。」とは書いてありますが・・・。

 

いずれにしても、使用者と従業員(発明者)との適正な手続を経た上で合意した「実績補償金」等の額だとしても、その額が本来支払われるべきであっただろう金額と極端に開きがある場合には、そのような実体面も考慮して、なお「不合理」と評価される余地が残されているということのようです。これはあくまでも立法者の意図なので、司法の判断がどうなるかはまた別かもしれませんが。

 

平成27年法改正の解説には、その点については明確に触れられていないようですが、立法者の考え方はおそらく変わってはいないと思われます。

 

もし、そのように解すると、報償金の辞退(放棄の意思表示)についても、同様に考えるのかもしれません。

 

報償金の辞退は、法的には、両者の合意ではなく、一方的意思表示ではありますが、報奨金が0円であると双方で合意した場合とパラレルに考えると、報奨金を辞退したにも関わらず発明がバカ売れして、実際の報奨金が凄い高額になり得るとしたら、錯誤の取消の主張の中で主張するかどうかは別として、結論としては、発明者は会社に対し、本来あるべき実績報償金の支払請求ができそうな感じがしてきます。

 

おわりに

 

んー、結局、職務発明訴訟は減らない(なくならない)かぁ~。

仕事があるのは有難いと思うべきなのかもしれませんが。

 

私、特許権侵害訴訟とか、審決取消訴訟とかは、ワクワク楽しくやっていますが、一方で、(いつも使用者側の代理ですが)職務発明訴訟は全くワクワクもしませんし、楽しくもないのですよね。個人的には、色々論点がごちゃごちゃしている割に、ぜんぜん面白くもないですしね。

 

ただ、様々な企業の職務発明規程をレビューするのは、企業によって個性やポリシーが反映されているので、結構面白いのですが。

 

機能的クレームの解釈だとか、パラメータ特許だとか、均等の第5要件の意識的除外にあたるかなどのの議論の方が、100倍楽しいです。

 

まぁ、私は仕事を選べるような立場にはありませんので、苦手な仕事も粛々と頑張らないといけません。

 

なんか、愚痴っぽくなってしまいましたので、これで止めます。