はじめに
仮想の不倫罪で逮捕された芸人 ワタナベ・カンの弁護人の物語の続き(第4回)です。
前回までの内容は、下記事のとおりです。
令和3年1月1日に施行された不倫罪によって逮捕・勾留された芸人のワタナベ・カン。その弁護人となった私は、早期釈放をめざして弁護活動を進める。
ワタナベ・カンは不倫(不貞行為)の事実を概ね認めているため、不起訴獲得をめざして、妻であるササザキ・コノミの代理人と交渉し、ササザキからの嘆願書を得るべく奮闘する。
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奥様(ササザキ・コノミ)の代理人との交渉
私は、ワタナベ・カンの妻である女優のササザキ・コノミさんの代理人弁護士であるクボタ先生のオフィスを訪れた。オフィスは、六本木のオフィスビルにある。
私(心の声)
【デカいおしゃれなオフィスだな。うちの有楽町の事務所と大違いだ。おっ、クボタ先生は、私より若そうな30代半ばくらいの、大手事務所のデキるイケメン弁護士という感じだな・・・。弁護士は1人だけか?】
私
「本日は、お時間頂きましてありがとうございます。今日お伺いしたのは他でもなく、ワタナベ・カンの刑事事件の件で。私、弁護人の小林正和と申します。さすが、六本木の先生のオフィスはすごいですねー。」
ササザキ代理人
「わざわざお越し頂きましてありがとうございます。先生は特許関係の事件を多く扱っていらっしゃるようですが、刑事弁護人もされるのですね。」
私(心の声)
【おっ、ちゃんと相手の弁護士のリサーチをしてやがるな。しかし、私の事務所のHPには刑事事件の文字はなかっただろう?さて、いつものように下手から始めるか。】
私
「先生が、ササザキさんの代理人になられたということで、正直、大変有難く、また安心しました。大手事務所の優秀な先生について頂きましたので・・・。ササザキさんご本人と直接の交渉というのも、不倫罪という罪の性質からして、ちょっとあれですしね。」
ササザキ代理人
「そうですね。私としましては、ササザキさんの代理人ということですが、ワタナベさんのご意向も先生を通じてお伺いしながら、こちらのスタンスも申し上げさせて頂ければと思います。」
私(心の声)
【スタンスか・・・。ビジネス交渉のような感じで進めるつもりかなぁ。】
私
「ワタナベ・カンとしましては、本件の不倫罪の被疑事実について、概ね認めておりまして、私としては、自白事件であることを前提に、ワタナベのために情状活動をしようと思っています。その一環で今回、お伺いしています。」
ササザキ代理人
「私は、報道でしか伺っていないのですが、被疑事実というか、具体的には、どういう不貞行為だったのですか。もちろん、守秘義務はあろうかと思いますが。」
私
「簡潔に申し上げますと、5名の女性との不倫です。5名の女性についてはササザキさんは恐らくご存じのない一般の女性です。本件の捜査が終われば、彼女たちのスマホの情報も消させ、二度と接触させないように致します。」
ササザキ代理人
「5名ですか・・・。人数は、ともかく、ササザキさんとしては今回の件を非常にショックを受けています。正直に申し上げると、『離婚』という言葉も本人から出てきてきます。」
私
「そうですか・・・。確かに、不貞行為という倫理に反する行為ですし、また、今年1月からは刑法犯となった行為ですしね。そうですか、『離婚』という話も出ているのですか・・・。」
ササザキ代理人
「もし、離婚ということになった場合は、おそらく当職が代理人になるかと思います。先生も、離婚事件についても、代理される予定ですか?」
私
「ちょ、ちょっと待ってください。まず、ワタナベとしては、本件について深く反省をしておりまして、憔悴してもいますが、本人が留置施設で謝罪文も書きました。本日はその謝罪文もお持ちしています。本人としては、ササザキさんとは離婚したくないという意向でして・・・。」
ササザキ代理人
「謝罪文は、確かにお預かりし、ササザキさんにお渡しします。今の状況では、本人が読むかどうかは、私にはお約束できませんが・・・。」
私
「報道では、色々なことが言われて先生のお耳にも入っているかと思います。しかし、弁護人として、ワタナベさん本人のお話を伺う限りでは、本人が認めるように、確かに不貞行為という事実はあった。しかし、「遊び」というよりは、依存症的な病的な面を強く感じました。楽しく、複数の女性と遊ぶというよりは、衝動的に行動してしまっているというか・・・。担当医師にも協力を仰いでいます。私も刑事事件を結構やっているので、この点の依存症はよく知っているつもりです。」
ササザキ代理人
「そうですか。でも、不貞行為には変わりありませんからね。」
私
「刑事事件との関係では、自分の快楽・欲求を目的とした行為というよりは、依存症という衝動的かつ病的なものとして、責任能力の問題とまではいかないとしても、動機の面での情状は違ってくるのではないかと思っています。確かに、この手の依存症は、アメリカのプロゴルファーでもいましたよね。」
ササザキ代理人
「ササザキさんからすると、依存症、病気だからといって許すということにはならないように思いますが。」
私
「離婚というお話も出ているそうですが、こちらが離婚したくないという前提ですと、近いうちに、具体的に離婚調停の申立てがあり得るということでしょうか。」
ササザキ代理人
「まだ分かりません。本人は相当ショックを受けており、『離婚』という言葉が出たというに過ぎません。」
私
「なるほど。いやー、しかし芸能人同士の離婚で揉めるとなると、大変でしょうね。」
ササザキ代理人
「そうですね。私はエンタメ法が専門でして、今回、事務所のボスからこの件を担当するように言われまして・・・。」
私
「そうなんですか。私も知財事件が専門で、ワタナベ・カンさんの事務所の社長の紹介で、たまたま私が刑事事件を受任することになりました。まぁ、刑事事件はそれなりにやってますので。離婚事件もやむを得ず何件かはやってはおりますが。離婚事件は長くて終わりがなくて辛い事件ですよね、先生。」
ササザキ代理人
「いや、私、あまり離婚事件は経験がなくて。もっぱらエンタメ法が専門で。」
私(心の声)
【おっ、チャンス!畳みかけていくぞ!】
私
「そうですか。離婚は大変ですよ。本人の要求、時に過度な要求を逐一聞いて、これに対応するというのは。先生も、そうなると、どっぷりとこの件に浸かって、本業のエンタメ法務方が疎かになってしまうかもしれませんよ。」
ササザキ代理人
「えっ、それは困りますね。」
私
「離婚となると、調停からガッツリ争うことになりそうですしね。離婚調停待ち時間長いですしねぇ。財産分与も大変だぁ。お互いの資産なんて凄いでしょうしね。財産目録を作成するだけで、何年かかるか・・・。そうそう、調停の待ち時間も長いんですよねぇ。我々の専門事件からすると、ほんと非効率な事件です、離婚事件は。」
ササザキ代理人
「えっ、そんなにかかるんですか。」
私
「いや、まぁ、事件によりますけどね。あと、離婚訴訟の代理人ということで、先生もあらぬ噂を報道されたり、よほど注意しないとダメですよね。先生のプライベートも雑誌とかに監視されるでしょうね。まぁ、先生はエンタメ法ご専門だからマスコミ対応は慣れていらっしゃるかもしれませんけど(笑)。まぁ、私は、逆に『不倫容認弁護士』という異名を付けられるかもしれませんね(笑)。いやはや。」
ササザキ代理人
「エンタメ法といっても、そういうのはちょっと・・・。」
私
「先生、離婚というのは、大変です。特に、芸能人同士となれば。ワタナベはともかく、離婚が長引くと、場合によってはササザキさんの女優としてのイメージダウンにもつながりかねません。特に、夫婦役なんかは来なくなるかもしれません。むしろ、笹崎さんがワタナベをしっかり叱って、別れない方向で進んだ方が、ササザキさんの女優人生にとってもむしろプラスかもしれません。現在はササザキさんへの同情の声も大きいですし。別れないことで、彼女の女優としてのイメージも更によくなるかもしれません。」
ササザキ代理人
「なるほど、確かにそうかもしれませんね。」
私
「ササザキさんは、今は気持ちの整理がつかないかもしれませんが、お渡しした謝罪文を読んで頂いて、ちょっと落ち着いた段階で、先生からもお話をして頂いて、こちらの希望としては、何とか、別れない方向で話が進められればと思っております。」
ササザキ代理人
「女優としてのイメージというのは確かにそうですね。本人が悪くなくても、離婚の揉め事が長引けば、イメージダウンはありますしね。」
私
「マスコミから、ある事ない事言われます。今は、ササザキさんには同情の声が多く、マスコミも『世論』に沿って報道していますが、ちょっとしたきっかけで、手のひらをひっくり返したように批判的になったりします。場合によっては、全くのガセ情報が蔓延することもありますし。先生もご高承のとおりです。」
ササザキ代理人
「そうですね。離婚しない方向で、本人を説得できればと思います。」
私(心の声)
【ふーっ。ちょろいもんだな。あとは、せかさないと。】
私
「(深々と頭を下げて)ありがとうございます。重ねてのお願いで大変恐縮ですが、ワタナベ・カンとしては、民事の被告でも離婚の被申立人でもなく、刑事事件の被疑者という立場です。本件の不倫罪は社会的法益というか公序良俗が保護法益と思われ、ササザキさんは直接的な被害者という立場ではありませんが、もちろん、実質的には本件の一番の被害者であることは間違いありません。そこで、奥様であるササザキさんから、『許す』『今後、しっかり監督する』旨の嘆願書を頂ければ、裁判にまで至らない可能性もあります。是非、ササザキさんからワタナベを許す、今後しっかり監督する旨の一筆頂ければ大変有難く思っています。本人が、謝罪文の中でも書いていると思いますが。」
ササザキ代理人
「分かりました。時間がかかるかもしれませんが、本人を説得してみます。」
私
「よろしくお願いします。先生も、ご高承のとおり、現在、ワタナベが勾留されており、10日目ないし20日目が終局処分がなされます。裁判になってからでは遅いので、なるべく早くお願いできればと思います。10日の満期が、来週の6月25日(金)でして。できれば、嘆願書を23日(水)までに頂けると有難いのですが。色々申し上げてすいません。」
ササザキ代理人
「結構、急ですね。」
私
「そうなんですよ。先生は刑事事件もあまり担当されないかとは思いますが、結構、スケジュールがタイトなんですよ。万が一、起訴されてしまうと、ササザキさんの方にも悪い影響がありそうですし。あと嘆願書に入れて欲しい内容としては、〇〇〇、〇〇〇・・・。」
ササザキ代理人
「了解しました。いずれにしましても、さっそくササザキさん本人と連絡をとってみます。どうなるか分かりませんが。」
私
「お互い、芸能人の離婚事件をやって、色々大変なことになるのは避けたいですよね。我々は、それぞれ専門の本業がありますし。」
ササザキ代理人
「はーぁ、そうですね。」
私
「是非よろしくお願いします。また、お電話させて頂きます。あるいは、メールの方が宜しいですか。」
ササザキ代理人
「どちらでも、結構です。よろしくお願い致します。」
私は、クボタ先生の事務所を後にした。
私(独り言)
【思ったより、うまくいったな。若い柔軟性のある先生が代理人で助かった。しかし、先生には、なるべく素早く動いてもらって、何とか水曜日までに『嘆願書』をゲットしたいなぁ。謝罪文の内容で、ササザキさんが離婚ではなく、婚姻を維持する決定をしてくれるか。まぁ、ワタナベさんの謝罪文も私の手が入っているから、何とかなるかな。】
私は、その足で、ワタナベさんの接見(面会)のために湾岸警察署へ向かった。