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特許入門5(強い特許とは?-第4回最終回)

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強い特許→立証が容易な特許

 

はじめに

 

これまで3回にわたってご説明してきました「強い特許とは?」の第4回目(最終回)です。

 

「強い特許」とは、

 

(1)広い特許であること

(2)つぶれない特許であること

(3)回避困難な特許であること

(4)立証が容易な特許であること

 

であるとご説明しました。

 

(1)~(3)の具体的な内容については、それぞれ以下の記事をご覧ください。

 

masakazu-kobayashi.hatenablog.com

 

masakazu-kobayashi.hatenablog.com

 

masakazu-kobayashi.hatenablog.com

 

 

今回は、このテーマの最終回として、「強い特許」とは、「(4)立証が容易な特許であること」について説明したいと思います。

 

 (4)立証が容易な特許であること

 

この点は、特許請求の範囲(権利範囲)を考える中で、一番見落としやすい点だと思います。

 

特許請求の範囲を、(1)広く書くようにしたり(たとえば、六角形断面の鉛筆という仮想事例の発明でいうと、「六角形」→「多角形」)、(2)後でつぶれないように(=特許無効にならないように)先行技術文献調査をし、当該先行技術を避けて特許権をとるようにすることは、弁理士さんであれば、当然に念頭に置いているところです。

 

また、(3)他社が回避困難な特許をとるというのは、前回ご説明したように、広い特許を書くという枠を超えて、複数の特許権で「多角的に」権利をとるということですので、会社の知財部の方や経営陣による将来の技術動向を見据えた特許戦略であり、多くの企業は考えていらっしゃると思います。最近は、IPランドスケープというおしゃれな用語もよくネットで見かけるようになりましたね。

 

一方で、弁理士さんや知財部の方が、見逃しがちな点は、将来の特許権侵害訴訟で、被疑侵害品が特許請求の範囲に含まれることを容易に立証できるように、特許請求の範囲を書くという点です。

 

私も、審査官のときは、特許請求の範囲の記載に基づく権利範囲に関しては、非常に敏感でしたが、特許査定後に想定される特許権侵害訴訟における侵害立証の容易さの点については、全くといっていいほど念頭にありませんでした。そもそも、審査官の立場では、念頭におく必要もありませんでした。多くの弁理士さんも、もしかしたら、将来の権利行使のことまでは、それほどは気にされていないかもしれません。

 

しかし、私は弁護士になって、実際に、侵害訴訟で侵害(侵害品が特許請求の範囲に含まれていること:充足性)を立証しなければならないが、立証が大変苦しい場面を何度も経験しました。

 

私:「うー、この請求の範囲のこの構成要件は、立証が難くないですか・・・。」

知財部の方:「そ、そうですね。どうしましょう・・・。」

 

そこで、侵害立証が容易であることは、特許の強さを左右する非常に重要な点だと思うに至りました。

 

(1)広くて、(2)つぶれにくく、(3)他社が回避困難な特許を満たす「強い特許」をとったとしても、侵害訴訟において被告が製造している製品の侵害を立証できないとなると、残念ながら、特許権は「絵に書いた餅」になってしまうのです。

 

なるべく侵害立証が容易なように特許請求の範囲を記載することが、「強い特許」のための重要な考慮要素です。

 

立証を容易にするための、請求の範囲の工夫

 

 立証が難しい場合として、たとえば、

 

(1)方法の特許発明の場合や、侵害品が市場に出回らない製品の場合

(2)侵害品の分析に多大なコストがかかってしまう場合

 

が挙げられます。

 

(1)方法の特許発明等の場合

 

方法の発明が使用(=実施)されるのは、相手方の工場内であることが多く、したがって、相手方が方法の発明が本当に自社の工場内で製造(=実施)しているかどうかの正確な情報が得られない場合がほとんどです。

ですので、できる限り、物の発明としても特許をとりたいところです。

 

もっとも、方法の発明であっても、製品の分析から、その方法を使用したと強く推認できる場合であれば、なお、(理屈によって)侵害立証の困難性を緩和できるかもしれません。

 

たとえば、表面処理方法が、その方法により処理された製品の表面の状態から推認できる場合などです。

「製品の表面の状態からすれば、技術面・コスト面からすれば、特許発明の方法以外の方法は考えられない。以下具体的に説明する。」

といった感じです。

 

でも、スクリーニング方法の特許とかは難しいですね。

 

なお、製造方法の特許発明の場合は、その方法により製造された物の譲渡も、侵害の対象(=実施行為)になりますので(特許法2条3項3号)、これが市場に出回っているのであれば、手に入れて分析することができます。

 

また、物の特許発明であっても、市場に出回らないBtoBの製品(たとえば、製品を製造する機械など)である場合には、同様の問題が生じます

その機械によって製造された製品から、その機械の構成をある程度特定できるのであれば、侵害立証が可能かもしれません。このような事案も経験しましたが、実際問題として難しい場合も多いです。

 

ちなみに、最近話題のAI関連発明についても、アルゴリズムをベースとして特許をとろうとしても、いざ相手方のアルゴリズム自体がブラックボックス化していると立証は困難です。

したがって、AI関連発明について特許をとるにしても、どのような観点(対象となる発明を何にするか、及び、特許請求の範囲)で権利を取るのか(たとえば、教師データの前処理部分など)を具体的に検討する必要があります。AI関連発明における特許請求の範囲の書き方は、今後の課題です。

 

(2)侵害品の分析に多大なコストが発生する場合

 

侵害品は市場に出回っていれば、侵害品を入手して分析することは可能です。

しかし、侵害品の分析に多大なコストがかかってしまう場合、侵害訴訟を提起しても、ペイしない(=損害賠償請求額がコストを上回ってしまう)場合があります。

典型的には、半導体の回路の構成などは、分析会社に依頼すると、下手をすると、分析に何千万円もかかってしまう場合があります。

発明の対象によってはやむを得ない点もあるかもしれませんが、なるべく、コストのかかる分析を避ける、コストを軽減する、という観点で、特許をとる工夫をする必要があります。 

 

立証を軽減する特許法上の制度 

 

特許法では、権利者による立証の負担軽減のために、文書提出命令特許法105条)や、具体的態様の明示義務特許法104条の2)、生産方法の推定特許法104条)規定があるのですが、いずれも、実効性に欠ける面がありました。

 

そこで、令和元年の特許法改正において、査証制度が創設されました(改正特許法105条の2)。この査証制度は、訴訟提起「後」に、中立な技術専門家が相手方の工場等に立ち入り、侵害立証に必要な調査を行い、裁判所に調査報告書を提出する制度で、うまく活用できれば、方法の特許発明であっても、侵害立証が補充的になし得る可能性があります。もっとも、実務上、どのように運営されていくかは、これから見てみないと何とも言えません。

 

日本の査証制度は、(訴訟提起「前」に、相手方が覚悟していない状況でいきなり実施される)ドイツの査察制度(Inspektion)とは異なり、ドイツほどには強力ではなさそうな気がしています。

しかし、査証制度が、是非、立証の負担の軽減を緩和できる有効な制度として活用されれば、特許侵害訴訟もやや盛り上がって、弁護士としては大変ありがたいところです。

本当は、米国のディスカバリーのような制度があれば、弁護士としては、(作業が増えて、儲かって)嬉しいのですが・・・。

 

まとめ

 

「強い特許」とは、「立証が容易な特許」です。

 

方法の発明よりも、なるべく市場に出回る物の発明で特許をとることを検討しましょう。

 

もっとも、方法の発明であっても、製品の構成(状態)などから、その方法の発明を用いたことが合理的に推認できるのであれば、立証が困難ではないかもしれません。

 

物の発明であっても、市場に出回る侵害品の分析に多大なコストがかかるのであれば、侵害訴訟がペイしないので、なるべく侵害品の分析コストがかからないよう、特許請求の範囲の記載を工夫する必要があります。

 

侵害立証を緩和する特許法の制度(文書提出命令、具体的態様の明示義務、生産方法の推定、査証制度)は存在するものの、できる限りこれらに頼らなくてもよいように、上記の工夫を心がけ、侵害立証が容易な特許請求の範囲にしましょう。

 

以上です。

 

特許入門については、別のテーマで続けていきたいと思います。