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刑事事件(事案2-窃盗罪)

私が担当した刑事事件を、個人情報を特定しないようにデフォルメして、ご紹介したいと思います。

 

事案(窃盗事件)

この事件は、私が弁護士になって、確か2、3年目で担当した国選の刑事事件です。

 

70代のおじいちゃんが、誰かの家の外に置いてあったペットボトルの水を勝手に盗んだ(飲んだ)窃盗の容疑で逮捕・勾留されたため、私は警察署に接見(=面会)に向かいました。

 

「そんな程度で逮捕・勾留までされるのか?」

 

とも思いましたが、すぐに出動しました。

 

国選の刑事事件というのは、ざっくりいうと、有志の弁護士が、予め国選名簿に登録し、資力の少ない方のために、原則として無料で、弁護人をする制度です。その事件について、裁判所から国選弁護人として選任されます。弁護士は、自分の担当日に待機しており、事件の配点があれば、警察署に被疑者に会いに行き、事件の終結(一審の場合は、釈放まで、あるいは、起訴された場合は第一審判決まで)まで担当します。なお、弁護士は、国から「少しだけ」報酬が貰えます。

 

一方で、私選事件というのは、弁護士と依頼者(被疑者・被告人)とが委任契約をし、事件を担当する通常のものです。私選の委任契約の報酬については、以前に書きました。

 

masakazu-kobayashi.hatenablog.com

 

国選事件では、出動前に、予め、被疑者の以下の情報を電話で伝えられ、FAXで受け取ります。なお、被疑事実を認めているか(自白事件)、認めていないか(否認事件)は、まだこの段階では分かりません。

 

 ① 氏名

 ② 性別

 ③ 生年月日

 ④ 国籍

 ⑤ 留置施設(勾留されている警察署)

 ⑥ 被疑事実(「〇年〇月〇日、どこで、何を、窃取した」等、極めて簡潔に書いてあります。)

 ⑦ その他の情報(勾留日、勾留の理由等)

 

今回の被疑者は、事前情報によれば「平八郎」(仮名)さんといった古風な名前の70代の日本人男性(おじいちゃん)でした。本件は、「おじいちゃんが、他人の家の水を勝ってに盗むくらいだから、お金に困ってやってしまったのかなぁ。しょぼんとした、おとなしい感じのおじいさんなのかなぁ。」などと勝手に想像しながら警察署に向かいました。

 

初回の接見(=面会) 

私は、警察署で、弁護士接見に来た旨伝え、留置係に向かい、所定の書類に記入して、面会室に案内されました。そこで、はじめて、被疑者と話をします。

普通は、先に弁護士が先に面会室入り、後で被疑者が部屋に入ってきます。ドラマとかで見かける「間にアクリル板がある部屋」です。

 

今回、この事件を紹介しようと思ったのは、会った瞬間に、びっくりしたからです。

 

ある程度、刑事事件(特に国選事件)をやっていると、初めての接見でどんな方が来てもあまりびっくりしなくなります。怖い人相の人、タトゥー、薬物で目が死んでしまっている人、何を言っているか全く分からない人、外国人。ただ、外国人の被害者は、事前の情報で国籍が分かりますので、通訳さんと一緒に面会します。

 

しかし、面会室にやってきたのは、190センチくらいの体格のよい黒人の方(現在のマイク・タイソンを60歳くらいにした感じの人)で、日本語で、開口一番、

 

「よう、先生!」

 

と言われたので、慣れていた私も、それはそれはびっくりしたのです。予想と全く違う容姿でした。「えーっ、しょぼんとした感じのおじいちゃん(日本人)じゃないの?」と心の中で思いました。

 

(私の予想)

日本人の大人しくて小さなおじいちゃん 

(実際)

190センチのマイク・タイソン

 

留置係の警察官も、別の被疑者を面会室に入れてしまうミスをときどきするので、念のため、人定質問(名前、住所等を聞いて、その人で間違いないか確認)をします。

 

私:「へっ、平八郎(仮名)さんですか?」

 

彼:「そうだよ。ご苦労さん。」

 

気を取り直して、事件の経緯などをいろいろと伺います。具体的には、他人のペットボトルの水を勝手に飲んでしまった経緯を(事実かどうかも含めて)聞いていくのですが、どうも容姿が気になって集中できません。国籍は日本人になってるし、名前も、平八郎(仮名)さんだし…。

 

最後の最後で、(なるべく不自然ではない感じで、)家族関係を伺うなかで判明しました。生まれてからずっと日本で生活しているハーフの方で、色々と苦労をされたようですが、明るい感じの方でした。現在は、身寄りもなく、お金もなく、夏で喉が渇いたので、たまたま誰かの家の前に置いてあったペットボトルの水を飲んでしまったとのことでした。家から立ち去ってしばらくすると警察が現れて、逮捕されたそうです。

 

もっとも、ペットボトルの水が家の前にあるという状況は話を聞いてもよくわかりませんでした。宅配された水のペットボトルが玄関におきっぱなしで、それに手を付けたのかなぁくらいに思っていました。

 

被害者との示談

さて、窃盗で、被疑者が罪を認めている自白事件ですので、弁護人の活動としては、被害者との示談交渉です。平八郎(仮名)さんはほとんどお金がありませんでしたが、ペットボトルの水を盗んだ(飲んだ)だけなので、何とか少ない額の支払いで被害者と示談できれば、と思っていました。

 

検察官から被害者の連絡先を聞き、被害者の了解を得た上で、電話をしました。電話の感じでは、被害者(そのお宅の住人)は、素敵な感じのお婆様で、やわらかい口調の話し方で、私が被疑者の代わりに謝罪に伺いたいと言ったところ、快諾してくれました。弁護人としては、「ほっ」とするところです。

 

というのは、たとえば、窃盗の被害者も様々で、弁護人である私に向かって「被疑者を死刑にしろ!」という人もいます。どんなにひどい窃盗罪でも、法定刑からして、死刑にはなりません。が、被害者感情としては理解できます。財布などを盗まれると、クレジットカードの各種届けやら大変ですし、警察の捜査(取調べや実況見分)にも協力させられますし。

また、万引き事案では、チェーン店やフランチャイズ店とかだと、「万引きは許さず」との理念の下、どんな事案だろうと一律で示談を断られることもあります。もっとも、店長判断の場合は、店長さん次第で示談できる場合もあります。

 

さっそく被害者宅にお邪魔し、やさしいお婆様に事情をお話しし、被疑者の謝罪を伝えました。

 

そのお婆様は、

 

「あー、その日は暑かったですものね。その方、暑くて水を飲みたくなっちゃったんですね。でも、あれ、猫除け用のペットボトルだったんです。水道水だから飲んでも大丈夫だと思いますけど。その方、お腹壊してませんでしたか。なんか、家から玄関を覗いたら、猫ではなくて、大きな外国人の方が座っているので、怖くなっちゃって、警察に電話したの。そう、喉が渇いていただけなのね。その日は暑かったですものね。しょうがないですね。」

 

私は、

 

「そっ、そうなんですか…(笑)。」

 

とまた驚きました。

 

なぜ家の前の水のペットボトルがあったのか、という私の疑問が解消されました。いずれにしても、飲んでも問題ない水で良かったです。その後は、(お婆様は時間を持て余していたらしく)30分くらい、お婆様の雑談にお付き合いしました。

 

結局、被害者のお婆様は、お許しします(示談をします)が示談金はいりませんとおっしゃったのですが、一応「水道の2リットルの水を盗まれた」という被害があったわけですので、極めて少額(スーパーなら2リットルのミネラルウォーターを10本くらい買える金額)をお支払いする形で示談をして頂き、被疑者も無事釈放されました。

 

刑事事件を扱うと色々なことがあって大変ではありますが、予想外に驚かされることもあり、興味深いです。

 

また、ときどき、刑事事件の内容やその弁護活動を説明していきたいと思います。